常設型住民投票条例の制定に向けて〜
奈良県生駒市民の取り組み(その6) |
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「市民自治基本条例」に常設型市民投票条例の制定を規定してもらうための要望署名の期間は3週間しかありませんでしたが、それでも当初目標の1000筆の二倍を上回る2041筆が集まり、「大事なことは皆で決めよう会」代表世話人(吉波伸治)が9月29日に署名簿を添えて「市民自治検討委員会」に提出しました。
市民投票の項目が検討される10月3日の「市民自治検討委員会」(地域コミュニティ部会)では、審議の行方を見守る市民と新聞記者のために傍聴席は普段の2倍用意されました。
まず、私たちの要望書の写しとともに、市職員が作成した地方自治法の規定に基づく直接請求と常設型住民投票条例の違い、全国の主な住民投票実施事例、主な自治体の常設型住民投票条例の請求条件・議会や市長の発議権・投票成立要件等を記した資料が各委員に配布されました。しかし、常設型住民投票条例に関してはメリットよりデメリットを多く挙げていたところに、市職員の持っていきたい方向(市民自治基本構想どおり個別型で規定したいという)が透けて見えたような気がしました。しかもその「デメリット」たるや、「制度の濫用を招く」だの「(投票が)頻繁に実施された場合、大幅な経費負担を強いられる」だの、請求要件を上げることで解決できるようなことです。
しかしその「デメリット」を理由に、委員の約半数は「個別型」を支持しますし、中には「(市民自治基本条例案を作る最終段階に入りつつある)この時期にこんな署名を出してくるなんて(けしからん!)」と怒る委員さえいます。
一方、残りの半数は「常設型を規定している自治体で実際濫用されているようなところはあるのか?」「市民自治を規定する市民自治基本条例にこそ市民意志が尊重される常設型市民投票条例を盛り込むことが望ましい。」という賛成意見と、「委員会で今から条例のさまざまな条件を検討するには時間がかかりすぎて、市民自治基本条例に盛り込むのは無理ではないか?」という慎重意見です。結局、委員会としては私たちが考えていた次善の策、すなわち、「市民投票の実施に必要な事項は、それぞれの事案に応じ別に定める」という条例案の「それぞれの事案に応じ」の文言をはずし、市民自治基本条例制定後、別委員会を立ち上げて検討すべき、というところに着地しました。
(次回につづく)
(2008.10.15) |
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常設型住民投票条例の制定に向けて〜
奈良県生駒市民の取り組み(その5) |
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「大事なことは皆で決めよう会」は、立ち上げと同時に早速、具体的な署名活動の準備に向けて動き出しました。というのも、「市民自治検討委員会」で市民投票条例の項目が検討されるのは10月3日だとわかったためです。それまでに一定の署名を集めて私たちの要望を同委員会に届けなければなりません。
署名スケジュールのプラン作成をはじめ、署名活動に必要な常設型市民投票条例の説明リーフレットの印刷や配布方法の検討、署名の依頼文書や署名簿の作成、事務用品の調達から宣伝に必要な横断幕・立て看板・マイク等の用意、マスコミへの取材依頼に至るまで、会の発足から署名活動を開始した9月8日までのたった2週間で準備した手際良さは我ながら驚くばかりですが、これはやはり、過去に一度、実際に住民投票条例の制定を求めて署名活動を行った経験がある者たちが多く集まっていたからでしょう。
署名に先駆けて9月2日に記者会見を行いましたが、翌日数紙に取り上げられたことは大きな宣伝効果があり、新聞を見ただけで協力の申し出を電話してきてくださった方もおられました。
署名活動は会員が個別に依頼するのが最も効率がいいのはいうまでもありませんが、効率が悪いことを承知で、宣伝を目的に、約1週間生駒駅前で、平日は朝夕の通勤時間帯に、休日は駅近くのデパートの開店後間もない時間帯に街頭署名を行いました。
中には、判断は議会に任せておけばいいじゃないかと言って立ち去ってしまう方もいましたが、概ね反応は良く、朝リーフレットを受け取った会社員が仕事帰りに署名に立ち寄ってくれたり、前日夜に署名用紙を持ち帰った方が、翌朝、家族全員の署名を集めて持ってきてくれたり、期待以上の成果を上げられました。
また、わざわざ切手を貼って連絡所まで郵送してくださる方、会員になってくださる方、カンパをしてくださる方もおり、財政面で支えてくださるのもありがたいことです。
(次回につづく)
(2008.09.25) |
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常設型住民投票条例の制定に向けて〜
奈良県生駒市民の取り組み(その4) |
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「大事なことは皆で決めよう会」が発足
さて、現在生駒市では、2009年4月の施行を目指して「生駒市市民自治基本条例案」を作成すべく、学識経験者、各種団体代表、公募市民で構成される「市民自治検討委員会」において検討が重ねられています。
ところが、この「市民自治基本条例案」には「市民投票条例」の項目も盛り込まれる予定であるものの、条例案作成の基礎資料となっている「市民自治基本構想」の最終提言書(昨年度の同委員会による提言)を読む限り、「市民投票の実施に必要な事項は、それぞれの事案に応じ、別に定める」という「個別型」で提案される見込みであることがわかりました。
「事案に応じ、市民投票条例を定める」という文言を「市民自治基本条例」に盛り込まれてしまっては、私たちが目指す「常設型市民投票条例」との整合性が図れなくなります。検討委員会の委員には「常設型市民投票条例」という概念すらない、あっても従来の地方自治法の規定に基づく直接請求とどう異なるのかも理解していないというのが現状です。
そこで、「市民自治基本条例案」に「常設型市民投票条例の制定」を規定してもらう、それが無理でも最低「事案に応じ」という文言をはずしてもらい、「市民自治基本条例」を改正せずとも「常設型市民投票条例」を制定できるような道筋を残しておいてもらう必要が生じました。
今まで、ゆっくり取り組めばいいと考えていた会のメンバーもこの事態に、今の時期に自分たちの意思を示しておかなければ、「常設型」がますます遠のくことになると、ようやく危機感を覚えたようで、一気に「常設型市民投票条例の制定を求める署名」活動に向けて加速しだしました。
まず、署名活動を展開するためには「さわやか生駒」という一市民団体の中だけで取り組むには限界があります。また、「さわやか生駒」は市長の支持母体という印象があまりに強すぎて、それだけで議会に反発される可能性があることから、会員以外にも広く呼びかけて、それぞれが一個人として参加する別会を立ち上げなければならないということで意見が一致し、8月23日に「大事なことは皆で決めよう会」が発足しました。
(次回につづく)
(2008.09.05) |
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常設型住民投票条例の制定に向けて〜
奈良県生駒市民の取り組み(その3) |
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リーフレットの作成にあたっては、イラストや図をふんだんに盛り込み、わかりやすい説明を心がけることはもちろんのこと、ほかにも留意すべき点が二点ありました。一点目は、政治アレルギーの市民にも抵抗なく受け入れられること。もう一点は、常設型市民投票条例の制定に抵抗感の強い保守系議員に反発されるような表現を避けることでした。(程なく、両者に対する対策は同じものであることに気づくのですが。)
草案では市民投票条例の説明文に「議会制民主主義を否定するものではなく、私たちの思いと市や議会の判断との間に生じたねじれを是正してくれる制度」とあったのですが、7月15日(火)の会合では、「民主主義」という言葉にさえいかがわしさを感じる市民がいるから、できるだけ政治臭さは排除しようと、まず「議会制民主主義」は「議会制」に置き換えられました。
次に、議会意思と民意とに「ねじれ」が生じるということは、事実だとしてもそれを不名誉に感じる議員もいるだろうし、議会を悪者にすることは得策ではないとの判断から、この表現も削除したほうがいいということになり、結局、ネガティブな表現は一切除去し、「ある大事な問題について、私たちの思いを施策に反映することができる制度」というポジティブな表現のみとなりました。
そして、メンバーの誰もが必要性を感じながら、今も結論が出ていないのが、市民投票条例の実用例としてどのようなものを挙げるかということです。この例が、現実的で身近なものであればあるほど常設型市民投票条例の制定を必要と感じる人は多くなるはずです。
生駒市では昨年4月の市議会議員選挙当日に前議長が収賄容疑で逮捕され、議会に対する市民の不信感は強く、例えば議員定数削減のように、市長も手をつけられない"聖域"である議会に関するテーマであれば多くの市民の賛同を得られそうですが、条例案を審査する議会の神経を逆なですることになります。
しかし、例えば米軍基地や原発が生駒市に建設されるというようなテーマは、地形的に非現実的すぎて市民投票制度の必要性が市民に伝わりません。
また、5年前の住民投票条例制定の請求運動を知る議員には、市民投票は"不満分子"による反対運動と捉えられがちで、ネガティブな例を挙げることは議会対策としても不適当です。
では、ポジティブな例を挙げようにも、小児医療無料化やゴミ収集有料化などの身近なテーマは予算規模がさほど大きくなく、「この程度のことはいきなり市民投票ではなく、まず議会が判断すべき。」と、これまた適当な事例を挙げられず、市民への啓発と議会対策との間で逡巡しているような状況がいつまでも続きます。
(次回につづく)
(2008.08.15) |
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常設型住民投票条例の制定に向けて〜
奈良県生駒市民の取り組み(その2) |
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生駒市民案の作成では、投票資格者の年齢と外国人の扱い、投票実施の発議者・請求者、投票実施の必要署名数、そして投票結果の尊重義務について、多くの時間を議論に費やしました。
とりわけ、投票実施の発議者・請求者については、当情報室で市長発議に議会の同意は必要かという論争が繰り広げられていたちょうどその時期、生駒市民も市長や議会を入れるか否かで意見が割れて喧々諤々やっていました。「市長選挙は政策論争になりやすいが、市議会議員選挙はいまだに地縁・血縁で投票されることが多い。民意とのねじれは市長よりも議会との関係において生じることが多いので市長には発議権を認めるべき。」「議会にも請求権を認めないと今の議会は納得しない。」という意見がある一方で、「市長と議会は、いつでも個別に条例案を提案できる立場にあるから請求者は市民だけでよい。」という意見もあり、なかなか結論が出ず、市民案が完成するまでに結局半年もかかってしまいました。(市民案では請求者は市民のみとし、今後も引き続き周囲に意見を求めていくこととなっています。)
しかし、市民条例案の作成は、スタート地点に立ったに過ぎません。本当の課題は条例案を作成することなどよりも、作成した案をどのように広めていき、どのように制定していくかというところにありました。
条例案の作成には興味があるけれど、制定の運動はあまり気乗りしないという方もおられます。「今の議会構成ではどうせ常設型の市民投票条例など可決されないだろうから、3年後の市議選まで待ってもいいのではないか?」「市が市民自治基本条例を制定しようとしている今こそ、同時にあるいは間をおかずに市民投票条例を制定するチャンス。議会に影響を与えるくらいの署名を集めればいい。」条例の制定運動の必要を唱えるメンバーの中にも温度差があります。
迅速に制定させたいと考えるメンバーは、この温度差をなくす努力をする時間ももどかしく、いつ配布できる態勢が整うのかわからないまま、とりあえずメンバー共通の理解が得られている、条例制定の必要性と市民案の概要を伝えるリーフレットの作成にとりかかります。しかし、ここでも乗り越えなければならないハードルが待ち構えていました。 (次回につづく)
(2008.07.25) |
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常設型住民投票条例の制定に向けて〜
奈良県生駒市民の取り組み(その1) |
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5年前、生駒市では、市が都市基盤整備公団(現都市再生機構=UR)や奈良県とともに市内北部(高山)の里山・山林をニュータウン開発することの是非を住民投票にかけようと、その条例を制定する市民運動が起こりました。「高山住民投票の会」と称するその会の代表世話人を務めたのは山下真現生駒市長で、私も受任者の一人でした。
「高山住民投票の会」は、有権者の約6分の1にあたる15000筆の署名を集め、条例の制定を求めましたが、その労もむなしく、当時の議会は4対19で否決してしまいました。あれだけの時間と労力を裂いて署名を集めたのに、一瞬にしてそれを無にしてしまった議会に対して憤りはしたものの、もう、その怒りのエネルギーを次なる運動に向ける気力は私には残っていませんでした。
当時は「常設型住民投票条例」なるものの存在すら知らず、これさえ市民が手にしていれば住民投票を実施できた、ということを知ったのは、2年前に市内で開催された今井一氏の講演会においてでした。(主催「市民自治の会 さわやか生駒」=「高山住民投票の会」のあと結成された「生駒未来ネット」が前身。初代代表が山下現市長。)もちろん、高山の住民投票条例制定に際して「反対」の意見を付帯した中本前市長のもとでは、常設型住民投票条例の制定など望むべくもなかったのですが、新市長が誕生して、それも夢ではなくなっていました。
しかし、いよいよこれから条例制定に向けて具体的な取り組みをしていかなければ、という時期に市議会議員選挙があり、「さわやか生駒」も山下市長の応援部隊を議会に送り込む必要が生じたため(私も送り込まれた一人ですが)、活動が再開されたのは昨年の秋のことです。
まずは生駒市民案を作成する作業から始めました。条例案については、当情報室のすぐれたモデルがすでにありましたが、結果的にはモデル案に近いものになるにせよ、我孫子市や旧岩国市の常設型住民投票条例、近江八幡市や岸和田市の市民自治基本条例などを参考に、第一条から条文をひとつひとつ自分たちで比較検討し、議論を交わし、案を作成していきました。これは、時間はかかりましたが、今後、条例案を広めていくにあたり、条文を各自が消化して理解しておく必要がありました。 (次回につづく)
(2008.07.05) |
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「情報室」のHPにある「住民投票の実施・拒否をめぐる動き」の事例が1000件を超えたそうである。これらのデータを見ると、現在の住民投票の現状が浮かび上がってくる。 まず住民投票の実施件数を見ると、96年8月に新潟県巻町の住民投票が行われてから01年末までの約5年5か月の総数は13件(1月あたり0.2件)である。02年にはいると合併をめぐる住民投票が激増し、07年末までの6年間に372件(1月あたり5.2件)の投票が行われた。
96年8月から01年末までの間の合併に関する住民投票は1件だけであり、他の12件はいずれも合併以外の地域の重要争点に関するもの(以下「重要争点型」という)であったが、その後07年末までの期間の372件のうち、合併以外の重要争点型は4件である。よって96年8月から07年末までに行われた385件(13+372)の住民投票のうち、重要争点型は16件(12+4)のみで実施件数の4.1%に過ぎず、他の95.9%はすべて合併に関する投票であったことになる。
次に住民投票条例の議決状況を見ると、79年以降07年末までの間に住民投票条例が可決された件数は470件あるが、合併に関するものが415件を占め、合併以外の争点に関するものは55件である。この55件のうち常設型の住民投票条例が可決されたものが31件あるので、合併以外の重要争点型は24件のみである。同様に79年以降07年末までの間に、住民投票条例が否決された件数は540件あり、合併に関するものは382件、合併以外の争点に関するものは158件である。このうち常設型の住民投票条例が否決されたものが5件あるので、他の153件は合併以外の重要争点型の条例が否決されたものである。これによると合併の住民投票条例の可決率は52.0%(415勝382敗)、重要争点型の条例の可決率は13.4%(24勝153敗)ということになる。
合併以外の重要争点型の条例については9割近く(86.6%)が否決されており、合併の住民投票条例についても約半数(48%)が否決されている。そして、前述の通り合併以外の投票は実施件数の4.1%というのが、現在の住民投票の姿である。
*上記の数値は筆者がざっと数えたものであり、誤りがあればご容赦いただきたい。
(2008.05.07) |
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『朝日新聞』は5月3日付の朝刊で「改憲」に関する最新の世論調査の結果を発表した。それによると、改憲を必要と考える人(56%)が不要と考える人(31%)を大きく上回っている。ただし、憲法9条の改正については66%対23%で反対派が賛成派を圧倒している。
そうした状況の中で9条護憲派は、9条世界会議を開催するなどして、相変わらず「9条の危機」を語り「9条のすばらしさ」を訴える活動を展開している。そのことについて批判をするつもりはまったくないが、それだけでいいのかという思いはある。
66%の9条護憲派のうち、半数以上が日米安保や自衛隊の存在及び活動を是認している。かつて、9条護憲派というのは、「憲法9条と安保・自衛隊の存在は矛盾する。安保廃棄、自衛隊解散(改編)を」と主張する人たちを指した。ところが、今では安保・自衛隊と9条を共存させるべしと考える人も9条護憲派の中に入っている。というより、多数を占めている。つまり、9条護憲派が増えたというより、解釈改憲派が増大したととらえるのが正確だ。
今、9条護憲派が為すべきは「9条のすばらしさ」を訴えるだけじゃなく、現行の安保・自衛隊と9条とは矛盾しているのか否か。矛盾しているのならそれをどう解消するのかについて、「9条の条文をまもる」という点で一致している仲間同士できっちり議論し、国民全体に示すことではないか。
果たして、開催中の「9条世界会議」ではこの問題が取り上げられているのだろうか。
(2008.05.05) |
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今回、事務局長に就任しました西川敏輝です。現在、滋賀県議会議員です。事務局におんぶにだっこで、できる範囲で努めさせていただきます。
私は、旧米原町議時代の2002(平成14)年3月、当時の町長村西俊雄現愛荘町長らと共に、合併の枠組みを問う住民投票を実施しました。日本で初めて永住外国人も投票権者としたため大きな話題になりました。
住民投票は、代表民主制を否定するもの、衆愚政治につながる等々の批判(特に議員から)もありますが、やってみれば、住民の関心の高まり、政策参加への意欲、やり遂げた自信などが実感できます。「つべこべ言わずやってみろ」というところです。住民投票は、アンケートやパブリックコメントなどとは本質的に違います。一人一人が投票所へ足を運んで政策に1票を投じるのです。まさに自己選択、自己責任の制度であり、重みが全く違うのです。価値観が多様な成熟した民主主義社会では、代表民主制を補完する有効な住民参加のツールと言えるでしょう。
米原の住民投票も、結果的には、住民意思と議会意思の違いが鮮明になりました。当時の状況は、またの機会にお知らせするとして、私は議会だけで強引に押さなくて良かった思っています。(私は議会の多数派だったのですが)
滋賀県も、新幹線新駅問題で県民投票をやっていればここまでこじれなかったし、後処理に大きなお金を使うことも無かったでしょう。
そんなこんなで住民投票への思いは結構強いものがあります。同じ思いを持つ会員さんや市民の皆さんといろいろやりとりしながら、この制度を少しでも進めたい。こんな思いで、どこまで続くかわかりませんが、取り組ませていただきます。ご協力よろしくお願いします。
(2008.04.15) |
住民自治って、何だろう?
同時進行ドキュメント
──昭島市における住民投票への道(その4) |
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またもや寝耳の水!?2月19日朝のNHKニュースをつけていると、昭島市が法務省の要請を受け入れたい旨の報道。翌朝新聞には昭島市長の意向が掲載。市民から私の携帯にメールがバンバン入ってきた。「議員は知っていたんだろう」「受け入れは決まったのね」etc.
今まで「議会が市民の代表、議会に諮る」と言われ続けていました(だから住民投票も考えていないと市長サイドは答えていたはず)。21日委員会が開催、80名超える市民が傍聴に来ました。市長が受け入れ意思を発表すると報道されたからです。委員会の傍聴席は定員20名。入れない市民はドアをたたき、委員会室に入れないことに野次が飛ぶ。当然傍聴席が溢れることは予想されていたはずです。委員会室の部屋の変更を委員長と副委員長が変更すべきと判断しても、議長だか事務局側で狭い会議室のままで続行することを決断。議会の公開性どうなっているのだろうか。そのような中、委員会では、市長の苦渋の決断(!?)を褒め称える議員も出てきました。行政は、立川基地跡地開発をすることで、東中神駅北口の常時改札、道路など基盤整備など今までの昭島市の東の地域の課題が解決すると言っています。行政側が今回の開発で期待できるところを丁寧にまずは市民に説明するべきです。そして、市民に判断させて欲しい。議会はまだ受け入れを判断していません。
さて市民はというと、市長が発表したことで、あきらめムードが広がっています。市長へ賛成の意見書を出す団体も出てきました。昨年9月からの昭島市の市民への情報公開のあり方、市民参加のあり方は、住民自治とは程遠い。自治の芽を摘むような一連の出来事です。市民よ、怒れ!
(2008.03.25) |
住民自治って、何だろう?
同時進行ドキュメント
──昭島市における住民投票への道(その3) |
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市議会会派が8日に開催した学習会『住民投票を考える』のパネリスト報告から、住民自治の一つのツールとして住民投票の必要性を実感しました。
住民投票運動を通じ、関心がなかった市民も案件について理解し考えます。さらに議会傍聴など市政へ関心をもつ市民もでてきます。しかし、市民発議をめざして住民投票を直接請求するその道のりは簡単ではない。議会の壁が非常に高いのです。四街道市も東村山市も直接請求に14%もの有権者の署名を集めました。四街道市は住民投票が実現したものの、東村山市では賛否同数の末、議長が反対票を投じ議会で否決されました。だからこそ主権者である市民自らが直接政策などを問える常設の住民投票条例が必要なのです。
さて、今回の学習会に参加した「刑務所建設反対」の市民は、「反対を言えばいうほど、住民エゴだと言われ、自分たちが孤立していく」と不安を訴えています。一方「もし昭島市が受け入れた場合と受け入れなかったときの両方の意見を冷静に聞きたい。しかし市民説明会で聞こうものならば、反対市民からの罵声が怖い」という市民の声。建設に反対している市民も、賛成とも反対とも言えない市民も悩んでいます。そして近隣地域以外の市民は、あまり関心がないのも現状です。
立川基地跡地昭島地区は、2003年3月に市民とともに土地利用計画案の冊子を作り上げました。法務省の構想は、大幅な変更です。市民に丁寧な説明をすべき事柄です。昨年9月に発表されて以来、情報公開を含め、その部分が不足しています。私は住民不在で変更されていく、手続きに問題があると思うのです。賛成も反対も両者が対等な立場で意見を述べ、それを聞いた市民が、いろんな場で議論し、最後は住民投票で決めることで両者が納得するのではないでしょうか。そうすることによって、昭島の自治の力も高まると思うのです
(2008.02.16) |
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福岡・デンマーク友好協会が創設されて丸6年。協会では、毎月学習と交流をかねた定例会をもちセミナーなども開催している。
私が最初にデンマークへ行ったのは5年前。環境関係の施設の見学を主としたものであった。風力発電の普及、糞尿・生ごみなどを利用したバイオガスによる地域エネルギーの生産。菜種油などを利用した自動車燃料など、"目からうろこ"の思いをした。日本はこの面で10年は遅れているだろう。
デンマークは先進国で唯一原子力発電を持たない国である。70年代の高度経済成長化において当然多くのエネルギーを必要とし、全エネルギー供給量に占める石油輸入量は88%に達していた。政府や電力会社は国内に15箇所の原子量区発電所建設を発表した。しかし、時はスリーマイル島などの原発事故の後で、国民の多くが原発を持つことに反対し各地でデモが行われた。政府は85年の議会において正式に原子力発電計画を放棄することを決定した。これが環境に配慮したエネルギー開発へと繋がっていく。
さて、デンマークの税金は所得から一定の控除を引いた残りに50%がかかり、更に組合費、消費税を合わせると所得によって違うが、75%を越える。昨年、ある調査でデンマークは"世界一幸せな国"1位にランキングされた。税金で75%も持っていかれるのになぜ? デンマークでは福祉施設も何箇所か見せて頂いたのだが、老人ケア施設など勿論個室。広さの基準は64平米で人が心地よく暮らせるよう工夫されている。年金の範囲内で支払うので老後は保証されている。医療費は無料、教育費も保育所から大学まで基本的に無料。治安も良い。他の欧米諸国同様離婚率は高いが、女性の働く環境は整っている。
と、書きたいことはいろいろあるが、言いたいことは国民の民主主義に対する強い想いである。政治にも税金の使い方にも国民の目は厳しいし、それが反映される。
日本においても国民の声をきちんと反映できる制度、一般国民投票制、住民投票制を作りませんか。これだけコケにされると、こうした制度が必要だとつくづく思います。
(2008.02.01) |
住民自治って、何だろう?
同時進行ドキュメント
──昭島市における住民投票への道(その2) |
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国の要請を受け入れるか否か、期限が迫っている中、建設に反対している住民は、街頭に立ち、署名活動を始めました。子育て世代の普通の主婦が中心となり、毎週行なっています。街頭では、署名する人だけでなく、建設に賛成しているから署名しないという人もいます。そういう人たちに対しても、思いを訴えるだけでなく、賛成の声も丁寧に聞いているのです。
12月議会に陳情と請願が提出されました。昭島の議会は、陳情・請願の代表者が休憩中でも発現できないこと、議員が自分たちの思いとは違うところで議論していることを目の当たりにし、驚いています。住民は、昭島市の市民参加の仕組みが遅れていることに気づき、いかに自分たちが政治に無関心だったか、今まで議員に全てお任せだったことを反省までしているのです。今回のことを通じ、たくさんのことを学んでいます。
今、議会は閉会中。立川基地跡地については、特別委員会があり、閉会中であっても委員会を開催することができます。しかし、今のところ開催されません。3月議会まで、十分時間があるにもかかわらず、市民の代表である議員が徹底的に議論をしていないのです。1月の広報臨時号で、市は、市民の意見など議会で議論を深めたいと言っています。どうやって議論を深めるのでしょうか。
一方、市民説明会で多くの市民が住民投票をすべきと投げかけています。それに対し、市は住民投票条例がないからできないと説明。住民投票条例がないなら、作ればいいのではないでしょうか。頓挫している市長公約の自治基本条例策定の庁内・市民プロジェクトの条例案には、住民投票の条項があります。しかし、いまだ議会へ提案されません。首長が住民自治の仕組みを本気で作るつもりがないなら、市民が立ち上がるしかないと思うのです。
(2008.02.01) |
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『水からの伝言』という水の結晶の写真集がある。写真には変な説明がついていて、これらの結晶の元となった水はそれぞれ事前にある文字を「見せた」ものなのだという。水の容器に文字を内側にして紙を貼り付けるのだ。「ありがとう」などの「いい言葉」が書かれた紙を貼り付けた容器の水は結晶を結び、「ばかやろう」どの「悪い言葉」ではそうはならない、という。
もちろんこんなことは義務教育レベルの知識があれば笑い飛ばせる程度のヨタ話だ。
ところがこの写真集を道徳の授業に使う教師が続出した。「水でさえ言葉に反応する。体の60%が水である私達も綺麗な言葉を使わないといけませんね」というわけだ。
この授業にはいくつもの問題がある。まず根本的に「そんな現象はあり得ない」ということ。さらに「外見だけで判断する」ことを肯定し、その中身はシンメトリーの結晶を「美しい」、そうでないものを「汚い」とするあまりに単純な美醜観であり、さらに美=善、醜=悪とする安易な二分法にまで結びつけている。そもそも、これが水が逆の反応をするという話だったらどうなるのか。それでもやはりいい言葉を使えと教えるべきであって、だったら水に教えてもらう話ではない。
教師はこれを子供の言葉遣いを直すための単なる方便と言うかもしれない。しかし目的だけしか見えずそれに伴う重大な問題点を無視するというのはあまりに想像力がない。
「改憲阻止」のために国民投票法を作ることそのものに反対した「護憲派」の人たちにもこの教師たちと同じ空気を感じる。目的にばかり目がいって、その手段が内包する不合理に気がつかない。国民投票法がなければ国民は「憲法改変権」を行使できない。運動している人は自分はそれで構わないと考えているかもしれないが、そう思っていない国民の、主権者としての最も重要な権利を確実に奪うことになる。この視点がない。
教師も護憲派も「善意」であることに間違いはない。しかし善意には想像力が必要だ。
(2008.02.01) |
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1月15日、異例の越年国会がようやく閉会となった。国会での駆け引きをよそに、地上配備型迎撃ミサイルPAC3の都心部の展開地の調査が、東京都の新宿御苑で行われた。深夜とはいえ、基地からこれらの装備が運び出されたのは初めてのことである。市民の広域避難所になっている場所も、軍に支配されるということである。一体、市民の暮らしの安全を誰が真剣に考えているのか。今年も、波乱含みの年明けである。
山口県岩国市で、市民の未来のために必死に闘っている市長がいる。井原勝介市長は、米軍再編成がらみの空母艦載機57機などの岩国への移駐を、これ以上住民に負担をかけられないと拒否した。これに対し政府は、市庁舎の建設費補助金07年度分35億円を交付せず、兵糧攻めを行っている。井原市長は06年に住民投票を行っている。89%が反対という圧倒的な民意を受け、さらに合併後の選挙でも市長に再選された。岩国市民の総意は明らかに受け入れ「NO」である。ところが、議会は受け入れ容認の動きが強くなり、市庁舎建設費の補正予算を否決し続けた。12月議会でついに井原市長は、補正予算を5度目の提案と引き換えに辞表を提出した。
2月10日は、3度目の民意を問う市長選挙が行われる。補助金という札束で有無を言わせずというかつてない強引な政府のやりように屈するのか、地方自治と民主主義が問われる選挙となる。自治体にとっては、明日はわが身になりかねない。岩国市民の勇気に期待したい。頑張れ、岩国!
(2008.01.16) |
住民自治って、何だろう?
同時進行ドキュメント
──昭島市における住民投票への道(その1) |
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立川基地跡地昭島地区は、1977年に国から返還を受け、長年地元住民が夢を描いてきた土地です。1998年に土地利用構想が策定され、市民参加の協議会やアンケート調査をしてきました。ところが2003年6月、国は、財政制度等審議会で立川基地跡地について、「原則留保」から「原則利用」へ方針転換。今年6月までに、土地利用計画案を国へ提出しなければならない矢先、法務省から大規模医療刑務所の構想が示されました。
今回の構想について、市民は新聞紙上で初めてそうした情報を知ったのですが、その後もなかなか国や市による説明会が開催されず、地元住民は苛立っていました。地元では、建設反対の署名活動を行い、1万人を超えています。反対署名をしている住民は、市民の意見を聞いて欲しいと切実に訴えています。昭島市は、住民自治とはほど遠いのです。
議会についても同様です。マスコミに発表された後、議会へ報告。その後も議会は開催されることなく、12月議会を迎えました。私は、この間さまざまな議員から言われました。「(地元住民へアンケートをとると)市民が動揺する」
「議員が住民投票を煽る発言をしてはならない」
「反対を表明している自治会での説明会へは参加すべきでない」
「反対をするのは地域エゴだ」
等々、耳を疑うような言葉ばかりです。議会も住民自治とは逆行しているのが現状です。
そもそも昭島の将来のまちづくりにも影響する大事な案件に対して、国や行政主導で決めていいのだろうか。私は非常に悩んでいます。だから、反対している人、賛成している人の意見を十分に聞きたいのです。
原点に戻り、今回のことは、直接民主主義で決すべきだと思います。住民投票への道筋が昭島の自治を高めることにつながるのではないでしょうか。
(2008.01.16) |
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新しい年を迎えました。将来へ向けての展望がぼんやりと虚ろぎ、行き先の定まらない飛行機にでも乗っているように感じるのは、私が経済、社会状況が著しく厳しい北海道に暮らしているからなのでしょうか。先日は、衆議院においてテロ特措法に関し、与党がまたしても数の力を押し通しました。即、解散総選挙となるのであればまだしも、それも無いまま今日を迎えていることに、不気味な空気を感じています。
私たち市民が、主に、70年代から訴え続けてきた、まちづくりへの市民参加はいまや国を挙げ、すべての政党が、すべての自治体が声高に言う時代となりました。市民ニーズの多様化などに対応しきれなくなった国や各自治体の思惑と合致しているということがその要因であり、市民一人ひとりの生き方、自治の実践を真に実現しようとしているとばかりはいえないところが胡散臭い限りです。しかしながら、私の暮らす札幌市においても市民派市長の下、市民参加の仕組みづくりが確実に進んでいることは事実です。今後は、まちづくりへの市民の参加を促進すること、併せて自治の検証が求められています。「大事なことは市民が決める時代!」をテーマに活動を進めている私にとって、自治のしくみを完成するには、住民投票制度の確立が何よりも重要です。また、それは市民発議を保障し、常設のもので無ければ意味がありません。住民投票は市民に保障された市政へ参加する権利であるはずです。真の市民自治を実現しようとする自治体であれば、そろそろ住民投票条例の必要性に感づいているのではないかと思うのですが・・・・いかがでしょうか。真冬日が続く札幌で、灯油代を節約しながら、そんなことを考えています。今年もよろしくお願いします。
(2008.01.16) |
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市民グループ「住民投票立法フォーラム」、「真っ当な国民投票のルールを作る会」は、この数年間、住民投票及び国民投票に関する貴重な情報の収集、発信を担うと同時に、直接民主制の意義やあるべき姿について、積極的に主張してきました。しかしながら、財政的な困窮やスタッフ不足などの事情から、「立法フォーラム」は06年8月に解散し、「真っ当な・・」も年内に解散することになりました。
住民投票の制度不備が未だ...
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