運営委員のコラム
「室内アンテナ」
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   更新:2010/11/09
 運営委員のコラム「室内アンテナ」
>>運営委員はこんな人たち


主権者は市民
〜長野県佐久市「総合文化会館建設の賛否を問う住民投票」の市民討論会に参加して(その2)
大嶽貴恵(昭島市議会議員)

 総合文化会館建設の賛否を問う住民投票条例は市長から提案された。9月臨時議会で27人の議員は、住民投票条例そのものに反対が6人、市長提案の原案に賛成が4人、修正提案賛成が17人という結果になり、議員による修正案が採択された。

 採択された修正された住民投票条例は、原案の投票資格要件を18歳から20歳に引き上げ、永住外国人の投票権を削除、また投票総数が有権者総数の2分の1以下であれば成立しないというルールを付加したものだ。

 市長主導の住民投票とはいえ、市議会が提案した住民投票条例。残念ながら、市民討論会や市民説明会、まちの中を歩く限り、積極的に投票を促す市議会の様子は見られなかった。今後投票日まで市議会が積極的に住民に投票を呼び掛けるであろうことを期待したい。

 一方佐久市行政サイドの取り組みには目を見張る。市民説明会の質疑と回答をスピーディーにホームページに載せ、市民に配布していた。投票を促すため、事業仕分けを実施している会場にも住民投票の横断幕やポケットティッシュで住民の目を引く工夫をしていた。


 さて市民討論会の会場で同世代の女性に声をかけた(会場は年配者が多い中、目を引いたからだ)。彼女は住民投票をすると聞いたとき、単純に建設反対と思っていた。しかし市民説明会や市民討論会での議論を聞き、考えを深め、もし建設反対とした時の跡地利用がどうなるか不安になってきた。そして現在悩んでいるという。まだ結論はでていないそうだ。

 その女性が住民投票の投票日を呼びかけるポケットティッシュを大量に持ち帰ろうとしていた。20代、30代の子育て世代が住民投票に関心がないことが問題だという。11月14日の投票日に関心を抱いてほしいために、彼女は自主的に学校や保育園でポケットティッシュを配布するのだと言っていた。

 11月6日に第2回市民討論会がある。21回の市民説明会を経て、地元住民が総合文化会館建設賛否の住民投票へどのように向き合うか、再度傍聴してみたいと思う。

(つづく)

(2010.11.09)


主権者は市民
〜長野県佐久市「総合文化会館建設の賛否を問う住民投票」の市民討論会に参加して(その1)
大嶽貴恵(昭島市議会議員)

 佐久市では、11月14日に総合文化会館建設の是非を市民に問うのための住民投票が実施される。そのために市は21回の市民説明会、2回の市民討論会を開催する。詳細は佐久市ホームページをご覧いただきたい。http://www.city.saku.nagano.jp/cms/html/category/376/index.html

 佐久市は人口約10万1000人のまち。第1回市民討論会には約280人、市民説明会は10回までで延べ約600人が参加した。市民討論会には賛成派9人、反対派12人の市民公募があり、第1回と第2回の討論者として6名ずつが抽選で選ばれた。

 第1回市民討論会は公開討論会NGOリンカーンフォーラムのコーディネートで、賛成派と反対派3名ずつが舞台の上で討論をした。まずは賛成派、反対派が交互に自らの思いを3分で述べる。

 賛成派の意見はこうだ。佐久市にはオペラやオーケストラが演奏できる大規模なホール(1500人収容可能)がない。文化、芸術は若い人のために必要。合併特例債がある今こそ建設すべき。維持費は市財政のたったの0.4%だ。コスモホールでは成人式に全員が入れない。亡くなった現市長の父親も望んでいたはず……。

 続いて反対派が意見を述べる。現在800人収容できるコスモホールで十分。オーケストラやオペラは、東京へ行けばいい。合併特例債があるとはいえ、借金ではないか。維持費がかかる。福祉など優先順位が高い課題があるのではないか。若い人口もあと5年もすれば減っていく中、年1回の成人式のために1億5千万円の維持費を払う必要があるのか……。

 次にコーディネーターのもと、賛成派、反対派が文化を作るとは何か、必要なホールは800人か1500人を討論。討論中、賛成派、反対派の議論がかみ合わない場面、討論者が感情露わにコーディネーターに抗議する場面もあり、会場からは24年間の建設の思いを述べる声もあった。この白熱した議論の中で、会場の住民は総合文化会館建設問題に真剣に向き合っていた。

 この討論、会場の空気に身を置いて、私は実感した。住民自身が議論をすることで主権者として熟成されるのだ。この過程が大事なのだろう。

 偶然、会場にいた市長に話を聞くチャンスがあった。「まちをつくるのは、『市長』でもない『議会』でもない。まちをつくるのは『市民』だ」という言葉に説得力があった。職員もはじめは、住民アンケートでいいのではないかという思いがあった。しかし議論を重ねる市民をみて、住民投票は必要だと思うようになったそうだ。今後市長は、常設型住民投票条例、自治基本条例、議会基本条例にも取り組んでいくという。

(つづく)

(2010.10.31)


「派遣村」にたどり着けなかったホームレス
埼玉県上尾市の「派遣切り労働者」の場合(3)
糟谷廣一郎(編集者)

失業手当を抜かれる
 翌日もうちに泊まることになっていた。ところが約束の七時になっても戻ってこない。私の名刺に自宅の電話番号を書き、テレホンカードも渡してある。いずれ電話してくるだろうと思って待っていた。ひょっとするとなにかのトラブルに巻き込まれたかもしれない。「SOS」があれば車で出動しなければならないから、深夜一二時まで酒は一滴も飲まずに待っていた。しかし、その日はとうとう連絡が来なかった。
 どこへ行ったのだろうと思いながら一週間が経った。偶然、駅前活動をしていた娘のメンバーが彼を見つけて声をかけた。とくに行く当てがあるわけでもないと言うので、なにがあったのかを聞いた。
 一週間前にはじめてであった日、娘たちは市役所で「つなぎ資金」の申請をして、彼は一万円を手にした。そのうち三〇〇〇円は二週間前にかりていたスナックのママに返していた。このスナックは、月々一二万円ほどの収入しかない彼が、唯一の楽しみに月一回だけ通っていたスナックだ。放浪生活になってついに所持金が底をついたとき、雇用保険証と印鑑と通帳を「質草」に三〇〇〇円を借りていたのだ。
 わが家に戻ってくる約束の晩、彼は七〇〇〇円を持ってこのスナックに行っていた。客単価が七〇〇〇円〜八〇〇〇円のこの店の払いには足りなかったのだろう。彼は払戻用紙に署名し、自分の印鑑を押して通帳を店に預けた。「まもなく失業保険が九万八〇〇〇円ほど振り込まれるから、その中から不足分を下ろしてくれ」と。
 しかし、気の弱い彼はその事情を正直に話せなかった。私には「通帳は落としてしまった」と言う。その言葉を信じて銀行に走った。通帳の再発行をしてもらうためだ。たまたま支店長が娘と顔見知りだったので、そのとき現在の残高情況のプリントを見せてくれた。それを見て彼は真っ青になった。振り込まれたはずの九万八〇〇〇円すべて下ろされていたのだ。残高は「六三円」しか残っていなかった。彼が渡した金額欄白地の払い戻し用紙を悪用されたのだ。
 せっかくの失業保険を失ったことを知り、私たちは上尾警察署に向かった。この時点で、私と娘はまさかスナックで白紙の払い戻し用紙に署名押印して渡しているとは考えていなかった。だから「遺失物」の届けを出すつもりだった。

警察署で昏倒、救急病院へ
 ところがどうも彼の様子がおかしい。トイレに入ったまま出てこない。私が見に行って声をかけても「あまりのショックで胃が痛い」というばかりだ。ようやく三〇分もして出てきた彼はよろよろとしていた。警察で事情聴取が始まろうとしていたそのとき、彼は昏倒してしまった。もう事情聴取どころではない。
 長い期間続いたストレス、取り返しのつかないミス、生活費を失ったショック……。一気に襲ってきた負の精神状況でパニックを通り越して気絶してしまったのだ。
 警察署から救急車を呼んだ。警察官が彼を介抱してくれているとまもなく救急車が来た。さっそく病院を探し始めるが、快く受け入れるところがない。上尾には比較的多くの救急病院があるのだが、どこも「ホームレス」と聞いただけで尻込みする。私と同じように「ホームレス=強烈に臭い」という印象を持っているからだ。
 それでも、(1)今朝風呂に行っている、(2)付き添いは市議だ、(3)ここは警察署だ、ということで上尾中央市民病院が収容してくれることになり、三時間かけて点滴を受けられることになった。

雇用促進住宅へ
 あの九万八〇〇〇円は未だに取り返せていない。何よりも彼が「もう騒ぎにしたくない」と言うからだ。
 ここ数ヵ月間で徹底したどん底の経験をした彼には、もう争うためのエネルギーが残っていなかったのだ。
 数日後、以前から申請していた雇用促進住宅への入居が決まった。希望していた上尾市内には八戸の「空き」があることは分かっていたが、「いまは募集していません」ということで、車で一時間半かかる熊谷市になった。すでに雇用促進住宅は縮小の方向にあり、空いているから入れる状態ではなくなっているのである。
 住まいが確保できたといっても、行政がしてくれるのは部屋を提供するだけで、布団・鍋・コンロそれに裸電球すら自分で用意しなければならない。失業保険を騙し取られて、つぎは三週間後しか現金を手にできない彼にそれは無理な相談だ。
 そこで、上尾市内の協力者から布団一式とファンヒーター、それに大量の着替えを提供してもらい熊谷まで運ぶことにした。現地で明日からの仕事探しや当面のサポートを依頼していた熊谷市議団に会い、あとを託した。

 こうして私たちの関わりは一段落した。思いがけなく「派遣切り」になった労働者に関わった三週間だった。さまざまな支援活動を外側から取材するのとは異なる経験をした。
 蓄えができない労働条件で働かされている低賃金の労働者が「首切り」に遭ったときに、どん底への落下を防ぐ仕組みがない。あるいはとても脆弱だ。
 彼の場合はまだ社会保険への加入があったので、失業保険も下りた。しかし、登録型派遣の労働者はそれすらもない。
 生活保護はすぐに受け付けることになっているのに、窓口から用紙が引っ込められている。「事情を聞いてか記入してもらう」のだという。「申請」してから「審査」するより、「審査」してから「申請」するほうが無駄がないというのが市の説明だ。上尾市の場合はあからさまな「水際作戦」をとっているわけではないけれど、「できれば他の自治体で申請してくれ」という態度が見え見えだ。生活保護費の約半分を申請を受け付けた自治体が負担することになっているためだ。こういう制度は自治体の姿勢による濃淡があってはならないのだから、事務手続だけを地方自治体が行なうこととし、費用は国家負担にすべきではないのか。
 いま、全国で吹き荒れている「派遣切り」「非正規労働者リストラ」はいよいよ「正社員解雇」に進もうとしている。三月末で四〇万人との予想もある。私たちはそのうちのたった一例に携わったにすぎない。

(おわり)

(2009.04.05)


「派遣村」にたどり着けなかったホームレス
埼玉県上尾市の「派遣切り労働者」の場合(2)
糟谷廣一郎(編集者)

「多様な働き方を保障する」というかけ声で労働者派遣法制定(一九八五年)、一般職への拡大(九九年)、製造業への拡大(二〇〇四年)と一気に拡大していった。しかし、「保障」されたのは、企業側の「多様な働かせ方」であり、伸縮自在な雇用調整の裁量に過ぎなかった。

「あの便所で寝ていました」
 彼にとっては一カ月ぶりの銭湯からの帰り、私たちは生協の店に寄った。彼に食べさせるお粥を買うためだ。ここ一〇日間、もまともに食事ができず、ごみ箱をあさっていたと聞いていた。そういう人にフツウの食事を出したら胃けいれんを起こすと思ったからだ。日比谷の「派遣村」でも空腹でフラフラの人におにぎりを食べさせたために何人もが救急車で運ばれたと聞いていた。
 店を出たとき彼が道路の向こうを指さして、「昨日まであの便所で寝ていました」と言った。そこは市民体育館の前にある公園だった。片隅に公衆便所がある。かれはその大便用の部屋スペースで、古新聞を敷き詰めて寝ていたと言う。そういえば彼の唯一の持ち物である鞄には大量の古新聞が入っていた。夜中には近所の主婦らしき人が「あんたなにしてんの?」とドアを叩くためにおちおち寝ておれなかったと振り返る。「防犯」のために見回っていたのだろうけれど、追い出された人がどうなるかも考えてほしかった。一年中で一番寒い時期、冷えるコンクリートの上で、彼は目の前に便器を見ながら「近所の目」に怯えて寝ていたのである。
 帰宅して卵を一つ落としたお粥を温めた。
「今日はこれだけにしておこうね。明日は栄養のある食事を用意するからね」
 早めに敷いた布団に入った彼は、「畳の上で寝るのは一カ月ぶりです。まさか今日、布団のなかで寝られるとは思いませんでした」と言うと、コトンと眠りに落ちた。

負のスパイラル
 彼は次の日もうちに泊まることになった。おにぎりを持ってでかけ、夜七時に帰宅した。その日は栄養をつけてもらおうと焼き肉を用意した。食べながらこの間の経緯を聞いた。
 派遣には派遣元の会社と期間の定めのない労働契約を結び、派遣先の需要があるときだけ派遣される「常用型派遣」と、登録だけしておいて声がかかるのを待ち、仕事があるときだけが「労働期間」となる「登録型派遣」があるとされている。当然、労働者に取っては常用型が有利で登録型が不利なはずだ。裏返せば派遣会社や派遣先企業に取っては常用型は不利になるはずだ。
 しかし、一定の人数を常に確保しながら需要がある時の賃金しか払わないという究極のやり方がある。それが「二重派遣」だ。
 まず派遣会社「日研総業」が登録を受け付ける(登録型派遣)。そこからもうひとつの派遣会社サンワーク社に派遣する。サンワークは需要があるときだけ短期の「労働契約」を結んで(常用型として)派遣先企業に派遣する。仕事があるうちは契約をくり返すが、仕事がなくなれば解雇する。
 権利関係が複雑になり、二重派遣された労働者は「話が違う」という苦情をどこに持っていけばいいのか訳が分からなくなる。さらに、こういう二重派遣だと当然労働者に渡る賃金は二重にピンハネされて少なくなる。派遣会社は大きく「登録」で網をかけ、「常用」で縛るという役割分担をしているのである。
 片方が常用型のため、仕事が減っても「待機」ということになり、自分で別の仕事を探せない。仕事が回ってこなかった日は賃金が入ってこない。昨年九月以降の世界金融恐慌で急速に減産となってからは、こういう状況の下で派遣労働者はどんどん貯金を食いつぶしていったのだ。
 だから、寮を追い出されたときにはほとんど所持金がなかったのだ。
 派遣の仕事は残業があった日は一万円ほどになる。ところが派遣会社は「寮費」として一人四万円を天引きしている。この近くの相場は2DKで七万円ぐらいなのにその人部屋に三人を入れてそれぞれから四万円を取っているのだ。その他にも冷蔵庫や洗濯機の「使用料」、電機光熱費と称して一万五〇〇〇円を天引きする。そのため、手取りは一二万円ほどしかなかったという。
 全国から集まっている派遣労働者はそれぞれに「事情」を抱えている。その事情にはお互い触れないようにしているらしく、同室になった他の二人については苗字程度しか知らない。頻繁に出入りがあるので名前すら知らないまま、帰宅したら別の人間になっていたこともしょっちゅうだったと言う。
 暮れ正月にかけて日比谷公園で行なわれていた「年越し派遣村」に行こうとは思わなかったのか、聞いた。彼はそういう活動があることは知っていた。しかし、彼には電車賃がなかった。テレビ・ニュースでは上尾市から四三キロ歩き通してたどり着いた人も報道されていたが、彼の靴はすでに底が抜けていた。裸足に近い状態では無理だったのだ。

つづく

(2009.03.15)


「派遣村」にたどり着けなかったホームレス
埼玉県上尾市の「派遣切り労働者」の場合(1)
糟谷廣一郎(編集者)

埼玉県上尾市には日産ディーゼルの本社とその工場がある。日比谷公園での「年越し派遣村」が多くのメディア注視のなかで運営されていたそのとき、ここでも「派遣切り労働者」がさまよっていた。

「それは俺のことか」
 世界同時金融不況が新年を迎えた喜びを掻き消した正月も、すでに遠く過ぎ去った一月二三日金曜日のことだった。東京郊外のベットタウン埼玉県の上尾駅前では、地元共産党市議団が「街頭労働相談会」を開いていた。上尾駅周辺でも年末から年始にかけて派遣切りで社員寮を追い出されたと思われる人たちを目にするようになっていたからだ。
 午後二時ごろ、のぼり幟やチラシの準備を終えてマイクを握った女性市議が呼びかけをはじめた。
「私たち共産党市議団は派遣切りなどでお困りのみなさんの相談を受け付けます。お気軽に声をかけてください」
 そうすると、駅のベンチに横になっていたホームレスとおぼしき男性がよろよろと近づいてきた。
「それは俺のことですか?」
 聞くと昨年一二月二一日に五年間勤めていたきた日産ディーゼルでの派遣を「雇い止め」になり、クリスマスの二五日に社員寮から追い出されたという。この日までにすでに約一カ月が過ぎていた。
「所持金は?」と聞くと、「一一〇円」だと言う。ほとんど「行き倒れ」に近い。こういうときに備えて上尾市では生活保護制度のもとで「つなぎ資金」制度を設けていた。
 この日の「相談会」にはこの男性を含めて四人が訪れた。みな同じような情況だった。市役所の終業まで時間がない。市議たちは相談者を連れて役所の窓口に走った。とりあえず一人一万円の貸付金を手にすることができた。
 しかし、今日明日の宿泊施設を市が用意してくれるわけではない。日比谷公園の「年越し派遣村」ようにマスコミが報道しているわけでもないからカンパやボランティア活動があるわけでもない。とりあえず知人か自分のうちに泊めるしかない。

ホームレスがやってきた
 娘から電話がかかってきた。
「お父さん。男物の着替え一式用意できる? 困っている人がいるんだけど」
「どうした? 火事で焼け出されでもしたのか?」
 一連の事情を娘から聞いて、私は覚悟を決めた。以前、電車に乗ったときに一つ席が空いていて「ラッキー」と思って座ったら隣がホームレスだった。耐え難い臭いだったがすぐに席を立つのはあまりにも失礼と思って目的の駅まで座り続けたことがある。下車してからも着ている服の片方にはしばらく強烈な臭いがついて困ったことがあった。だからそういう人がうちに来ると家の中がどういうことになるのかは予想できた。
 それでも娘が駅前活動で出会った人を何とかしたいというのに、断ることはできない。さっそく着古しの衣類を二組ばかり用意した。ただ、パンツと靴下だけは新品を買わねば失礼だと思った。「ホームレス=強烈な臭い」という印象があったので、「まず風呂だ」と思った。娘からも「この人は一カ月風呂に入っていない」と言ってきていた。ちょうどスーパー銭湯の回数券が数枚残っていた。
 ここまで準備したころ、娘が本人を連れてきた。弱々しい感じの男性だった。
「どうぞ。まず上がって」
 と言ったら「すみませんぞうきんを貸してください。足が汚れているので」と言う。よく礼儀をわきまえている人だなと思って濡れぞうきんを渡した。しかし、一枚では足りないと言う。見るとくるぶしから先はこの一カ月の放浪生活で垢とごみと泥で真っ黒だった。履いている靴の底は抜けていた。地面に直に触れていたかかと踵は拭いても拭いても汚れが取れなかった。皮膚の中まで汚れがめり込んでいるようだった。
 ようやく部屋に入ってきた。以前、電車で経験したのと同じ臭いが充満した。それでも顔をしかめたりはできない。
「大変だったね。今日はゆっくり休んでよ」と声をかけた。
 でもまずは風呂だ。車で一五分ほどのスーパー銭湯に行く途中、安い洋品雑貨店でパンツと靴下、それにスニーカーも買い込んだ。寒かったけれど車の窓を少し開けた。車内の臭いが少し薄らいだ気がした。
 この日は平日だったので、比較的す空いていた。更衣室の端の方でソォーっと服を脱ぎ、臭いが拡散しないように気をつけながら、雑貨店でもらった大きめのビニール袋に着ているものを詰め込んだ。厳重に口を縛りロッカーに放り込んだ。裸になった彼にホテルや旅館でもらった使い捨てのひげ剃りと歯ブラシ、それに自分用に買ったばかりの垢擦りタオルを渡して洗い場に向かった。私は更衣室の客から文句が出なかったことにホッとしていた。
 彼が一番にしたのは頭を洗うことだった。使い放題のシャンプーをつけ四回も洗っていた。なにしろ髪の毛は垢でコテコテになっていたからだ。丹念に体を洗い、一カ月間で一五センチほど伸びていたひげも剃って、ようやく湯に浸かった。
「極楽です。今日の午後、娘さんに出会うまでこういう思いができるとは思わなかったです」
 私より老けているのかと思った彼は、四八歳相応の顔になっていた。
 ここまで来れば一安心だ。約一時間ほど露天風呂やジャグジーなどいろいろなタイプの風呂を楽しんだ。
 つぎは晩メシだ。

つづく

(2009.02.25)


雇用不安と介護の現場[その2]
山口浩司(特別養護老人ホーム生活相談員)

 介護の世界での「汚い」話をしましょう。
  老人ホームの中には、理事長、施設長、副施設長、事務長といった役職を一族で占めている施設がよくあります。そして、そのような施設の中でも、介護現場経験や専門知識が全くないにも関わらず、その一族で破格の報酬を得ているケースがひじょうに多いのです。
  ある施設の例です。建設業で成功した父が建てた老人ホームの施設長にいやいやなったその息子は39歳。利用者の顔、名前、施設職員の顔、名前がいつまでたっても一致せず、施設運営の実務はすべて部下に押し付けて年収は1000万を超えます。その息子の母が、副施設長。何もわからない母は、息子の後をついて歩くだけで900万。ちなみにその施設でバリバリ働く34歳の介護リーダーの月の手取り額は18万円です(夜勤手当込み)。そんな経営者の口癖は、「経営が厳しい」だそうです。
  ある施設では、施設長の娘のタイムカードはあるが、その娘を誰もみたことがありませんでした。ある日、施設経費で購入した赤いスポーツカーに乗って、まるでファッションモデルのようなその娘が颯爽と施設に現れました。ハイヒールで施設内を闊歩し、しばらく事務所でお茶を飲んだあとまた赤いスポーツカーで砂煙をたてて消えていきました。その娘が、なぜか3年間の介護現場での実務経験がないと受験資格が与えられない介護福祉士の試験を受験していたそうです。
  ある施設では、理事長が議会選挙に出馬した時、職員の日常業務の中に、選挙運動の手伝いが組み込まれていたそうです。それに何が何やらわけがわかっていない入居者の票は、すべて理事長のものです。
  社会福祉法人というのは、あらゆることでとても優遇されています。甘くておいしい福祉業界には、「きつく汚い」話があふれています。そのような「きつく汚い」経営者の経営する施設では、当然職員はすぐに辞めていきます。最低限の現場スタッフを最低限の賃金で働かせて、最低の介護で施設運営を行っていきます。そうやって自分たちの高額な収入を確保しているのです。
  そういう施設では、最少人数のスタッフで最低限の介護業務をこなしていけるように、見事なまでに機械的な流れ作業が完成されています。お年寄りの食事・排泄・入浴といった最低限必要な生活介助のみ流れ作業で済まされていきます。老人はその流れにのって施設での生活を送らされていきます。まるで収容所のようです。そんな中で、流れ作業の手を止めさせる余計な訴えや行動を起こすお年寄りは、問題老人とみなされ、車椅子にくくりつけて立てなくしたり、鍵つきの部屋に閉じ込めたり、薬でトロトロにしたりされるのです。そうすることで、じゃまな老人はおとなしくなり、最少人数のスタッフで業務をスムーズにまわしていくことができるのです。
  そこには、お年寄りの「その人らしさ」のかけらもありません。むしろ「その人らしさ」をだして、流れ作業をじゃまするお年寄りは嫌われます。例えば、流れ作業の中でIさんのように「トイレに連れていってくれ」と訴えると。「また後で」とかわされ相手にされなかったり。「オムツの中でして」と命令されたり。「忙しいのに」と怒られたりします。そうやって嫌われたくないお年寄りは、どんどん無気力になっていくのです。それは、老人ケアとは言えません。老人ケアに最も大切なのは心のケアです。業務優先の流れ作業の中では、心のケアなんて到底できません。流れ作業の中での物にすぎないお年寄りの排泄物の始末が「きつく汚い」ものに感じるのも頷けます。
  結局、老人介護の仕事を「きつく汚い」ものにしているのは、「きつく汚い」経営者なのです。この春、介護報酬が引き上げられますが、その報酬の使い方は、経営者に委ねられています。となるとさらにおいしい思いをする「きつく汚い」経営者もでてきます。そして、「きつく汚い」現場を作っている彼らにとって、「きつく汚い介護の仕事だけど、仕事がないからとりあえず」という人材は、都合のいい人材でもあるのです。「仕事がないよりまし」と安い賃金で流れ作業の老人介護をだまってこなしてくれる人材こそ、「きつく汚い」経営者には好都合の人材なのです。
  これまで派遣社員として工場で流れ作業をされてこられた方には、ぜひ流れ作業でない本当の老人ケアを行ってもらいたいと思います。「立小便がしたい」という男のプライドを支える老人ケアをしていただきたいと願います。そして、老人介護が「きつく汚い」仕事でなくなる日が早く来ることを祈っています。


(2009.02.05)


雇用不安と介護の現場[その1]
山口浩司(特別養護老人ホーム生活相談員)

 私は、現在特別養護老人ホームで生活相談員として、介護現場の管理、運営を任されています。
  昨今の介護職離れは、我が施設でも深刻な問題となっており、昨年11月に2名、12月にも2名の退職者がありました。その穴埋めのために私は年末年始も休みなしで現場に入り込んでいる状況です。
  12月に退職した32歳既婚者のA君は、とても優しい男で本当にお年寄りが好きなんだなというのが、仕事ぶりから滲み出ていました。
「子供が産まれて。もう生活できないんです。貯金も底をついて。僕にはこの仕事しかないと思ってたから、ずっと迷ってたんですけど…。でも…もう…」涙で声にならない彼を、引き止めることなんて私にはできませんでした。
  国家資格である介護福祉士の資格を持っていても、「生活していけない」ことを理由に介護職を辞めざるを得ない者が後を絶たず、介護の世界は慢性的な人材不足状態が続いています。
  リストラ。派遣切り。世間では、人材不足の介護業界と、全く逆の状況がおこっています。そして、リストラ、派遣切りにあった多くの人が、景気が回復するまでの一時しのぎで、これから介護現場に流れ込んでくるのではないかと思っています。
  早く人手を補充してもらい楽になりたいと思う反面、「きつく汚い介護の仕事だけど、仕事がないからとりあえず」という人が、この仕事を始めることに不安も感じています。
「介護の仕事=汚い・きつい」と言われます。その「汚い・きつい」とは、おそらくお年寄りの排泄物の始末などを指してそのように言われているのだと思います。しかし、我々は、排泄物の始末を案外「汚い・きつい」とは思っていないのです。
  施設入所者である、77歳の男性Iさんは、半年前に1ヶ月ほど入院したことをきっかけに歩行困難な状態になり、車椅子で退院されました。それからは、生きる意欲が一気に低下し、終日居室で寝たきり、排泄はオムツの状態になりました。食事の時も起きようとされず、居室に配膳しますが、機嫌が悪い時は食事も拒否されます。以前は、明るくおしゃべりなIさんでしたが、職員の声かけにも無視、あまりしつこく声かけをすると「やまかしい」と怒鳴られます。職員はIさんの対応に困っていました。
  そんなIさんの心を動かしたのが、冒頭に紹介した職員A君でした。若い頃からジャズが大好きだったIさんの部屋にCDラジカセを持ち込み、毎日Iさんの部屋でジャズを流し、出来る限りIさんと寄り添ったA君。それを続けていくうちに、徐々にIさんは職員の声かけにも応えてくれるようになりました。
「Iさんて渡辺貞夫の大ファンやねんて。オムツ交換の時、言ってくれた」
  職員間で、Iさんへの興味も深まってきました。
  そんなある日、A君が私に「むちゃなお願いがあるんですが」と言ってきました。聞くと。
「2ヵ月後に、大阪で渡辺貞夫のコンサートがあるんです。それにIさんを連れて行ってあげたいんです」
  リスクの高い計画でしたが、私はIさんの家族に了解を得て、コンサートチケットを予約しました。そして、Iさんに
「12月に渡辺貞夫のコンサートに行きましょか」
「・・・。嘘ばっかり言うな」
「嘘ちゃいますよ。これ。チケットです」
  本人に、コンサートのチラシとチケットを見せると、表情が一気に変わりました。
「ホンマに連れていってくれるんか!」。
  その日から、Iさんは確実に変わりました。
  食事の時は、車椅子でリビングに出てこられるようになり。離床時間も急速に増えてきました。
  コンサートまであと2週間に迫ったある日。オムツでの対応で、もう尿意はないと思われていたIさんが、私に「トイレに連れて行ってくれ」といいました。
  驚いた私は、すぐにトイレに誘導し、便座に移乗介助をしようとすると「立ってやる」と男子用便器を指されました。私は困りましたが、本人がそういうならと思い、手すりを持って立ってもらいズボンをおろしオムツを外しました。足をしっかりと支えた状態でしばらく様子を見ていると、オシッコが出てきました。Iさんは立つことに慣れておられないため、途中で足は振るえだしオシッコは飛び散り、私の手にたくさんかかりましたが、Iさんの立ち小便を私は必死に支えました。
  その後、Iさんのオムツはパンツに変わり、立位の状態も日増しに安定し、確実に立ち小便の成功率は上がっていきました。
  そして、コンサートの日。Iさんは、失禁することもなく、シンフォニーホールのトイレで立ち小便を済ませたあと、十数年ぶりの渡辺貞夫のコンサートを満喫されました。
「やっぱりナベサダは最高やな」
  最高のコンサートでオムツなんてしたくない。立ち小便は、そんなIさんのプライドだったんだと思います。
  最近では、夕食後、立小便を済ませ居室で職員とコーヒーを飲みながら渡辺貞夫のCDを聞くことが、Iさんの日課です。ただ、残念なのは、そこにA君がいないことです。

次回につづく

(2009.01.18)


常設型住民投票条例の制定に向けて〜
奈良県生駒市民の取り組み(その6)
塩見牧子(生駒市議会議員)

「市民自治基本条例」に常設型市民投票条例の制定を規定してもらうための要望署名の期間は3週間しかありませんでしたが、それでも当初目標の1000筆の二倍を上回る2041筆が集まり、「大事なことは皆で決めよう会」代表世話人(吉波伸治)が9月29日に署名簿を添えて「市民自治検討委員会」に提出しました。
 市民投票の項目が検討される10月3日の「市民自治検討委員会」(地域コミュニティ部会)では、審議の行方を見守る市民と新聞記者のために傍聴席は普段の2倍用意されました。
 まず、私たちの要望書の写しとともに、市職員が作成した地方自治法の規定に基づく直接請求と常設型住民投票条例の違い、全国の主な住民投票実施事例、主な自治体の常設型住民投票条例の請求条件・議会や市長の発議権・投票成立要件等を記した資料が各委員に配布されました。しかし、常設型住民投票条例に関してはメリットよりデメリットを多く挙げていたところに、市職員の持っていきたい方向(市民自治基本構想どおり個別型で規定したいという)が透けて見えたような気がしました。しかもその「デメリット」たるや、「制度の濫用を招く」だの「(投票が)頻繁に実施された場合、大幅な経費負担を強いられる」だの、請求要件を上げることで解決できるようなことです。
 しかしその「デメリット」を理由に、委員の約半数は「個別型」を支持しますし、中には「(市民自治基本条例案を作る最終段階に入りつつある)この時期にこんな署名を出してくるなんて(けしからん!)」と怒る委員さえいます。
 一方、残りの半数は「常設型を規定している自治体で実際濫用されているようなところはあるのか?」「市民自治を規定する市民自治基本条例にこそ市民意志が尊重される常設型市民投票条例を盛り込むことが望ましい。」という賛成意見と、「委員会で今から条例のさまざまな条件を検討するには時間がかかりすぎて、市民自治基本条例に盛り込むのは無理ではないか?」という慎重意見です。結局、委員会としては私たちが考えていた次善の策、すなわち、「市民投票の実施に必要な事項は、それぞれの事案に応じ別に定める」という条例案の「それぞれの事案に応じ」の文言をはずし、市民自治基本条例制定後、別委員会を立ち上げて検討すべき、というところに着地しました。
(次回につづく)

(2008.10.15)


常設型住民投票条例の制定に向けて〜
奈良県生駒市民の取り組み(その5)
塩見牧子(生駒市議会議員)

 「大事なことは皆で決めよう会」は、立ち上げと同時に早速、具体的な署名活動の準備に向けて動き出しました。というのも、「市民自治検討委員会」で市民投票条例の項目が検討されるのは10月3日だとわかったためです。それまでに一定の署名を集めて私たちの要望を同委員会に届けなければなりません。
街頭署名の様子 署名スケジュールのプラン作成をはじめ、署名活動に必要な常設型市民投票条例の説明リーフレットの印刷や配布方法の検討、署名の依頼文書や署名簿の作成、事務用品の調達から宣伝に必要な横断幕・立て看板・マイク等の用意、マスコミへの取材依頼に至るまで、会の発足から署名活動を開始した9月8日までのたった2週間で準備した手際良さは我ながら驚くばかりですが、これはやはり、過去に一度、実際に住民投票条例の制定を求めて署名活動を行った経験がある者たちが多く集まっていたからでしょう。
 署名に先駆けて9月2日に記者会見を行いましたが、翌日数紙に取り上げられたことは大きな宣伝効果があり、新聞を見ただけで協力の申し出を電話してきてくださった方もおられました。
会議風景 署名活動は会員が個別に依頼するのが最も効率がいいのはいうまでもありませんが、効率が悪いことを承知で、宣伝を目的に、約1週間生駒駅前で、平日は朝夕の通勤時間帯に、休日は駅近くのデパートの開店後間もない時間帯に街頭署名を行いました。
 中には、判断は議会に任せておけばいいじゃないかと言って立ち去ってしまう方もいましたが、概ね反応は良く、朝リーフレットを受け取った会社員が仕事帰りに署名に立ち寄ってくれたり、前日夜に署名用紙を持ち帰った方が、翌朝、家族全員の署名を集めて持ってきてくれたり、期待以上の成果を上げられました。
 また、わざわざ切手を貼って連絡所まで郵送してくださる方、会員になってくださる方、カンパをしてくださる方もおり、財政面で支えてくださるのもありがたいことです。
(次回につづく)

(2008.09.25)


常設型住民投票条例の制定に向けて〜
奈良県生駒市民の取り組み(その4)
塩見牧子(生駒市議会議員)

「大事なことは皆で決めよう会」が発足

 さて、現在生駒市では、2009年4月の施行を目指して「生駒市市民自治基本条例案」を作成すべく、学識経験者、各種団体代表、公募市民で構成される「市民自治検討委員会」において検討が重ねられています。
  ところが、この「市民自治基本条例案」には「市民投票条例」の項目も盛り込まれる予定であるものの、条例案作成の基礎資料となっている「市民自治基本構想」の最終提言書(昨年度の同委員会による提言)を読む限り、「市民投票の実施に必要な事項は、それぞれの事案に応じ、別に定める」という「個別型」で提案される見込みであることがわかりました。
  「事案に応じ、市民投票条例を定める」という文言を「市民自治基本条例」に盛り込まれてしまっては、私たちが目指す「常設型市民投票条例」との整合性が図れなくなります。検討委員会の委員には「常設型市民投票条例」という概念すらない、あっても従来の地方自治法の規定に基づく直接請求とどう異なるのかも理解していないというのが現状です。
  そこで、「市民自治基本条例案」に「常設型市民投票条例の制定」を規定してもらう、それが無理でも最低「事案に応じ」という文言をはずしてもらい、「市民自治基本条例」を改正せずとも「常設型市民投票条例」を制定できるような道筋を残しておいてもらう必要が生じました。
  今まで、ゆっくり取り組めばいいと考えていた会のメンバーもこの事態に、今の時期に自分たちの意思を示しておかなければ、「常設型」がますます遠のくことになると、ようやく危機感を覚えたようで、一気に「常設型市民投票条例の制定を求める署名」活動に向けて加速しだしました。
  まず、署名活動を展開するためには「さわやか生駒」という一市民団体の中だけで取り組むには限界があります。また、「さわやか生駒」は市長の支持母体という印象があまりに強すぎて、それだけで議会に反発される可能性があることから、会員以外にも広く呼びかけて、それぞれが一個人として参加する別会を立ち上げなければならないということで意見が一致し、8月23日に「大事なことは皆で決めよう会」が発足しました。 (次回につづく)

(2008.09.05)


常設型住民投票条例の制定に向けて〜
奈良県生駒市民の取り組み(その3)
塩見牧子(生駒市議会議員)

 リーフレットの作成にあたっては、イラストや図をふんだんに盛り込み、わかりやすい説明を心がけることはもちろんのこと、ほかにも留意すべき点が二点ありました。一点目は、政治アレルギーの市民にも抵抗なく受け入れられること。もう一点は、常設型市民投票条例の制定に抵抗感の強い保守系議員に反発されるような表現を避けることでした。(程なく、両者に対する対策は同じものであることに気づくのですが。)
 草案では市民投票条例の説明文に「議会制民主主義を否定するものではなく、私たちの思いと市や議会の判断との間に生じたねじれを是正してくれる制度」とあったのですが、7月15日(火)の会合では、「民主主義」という言葉にさえいかがわしさを感じる市民がいるから、できるだけ政治臭さは排除しようと、まず「議会制民主主義」は「議会制」に置き換えられました。
 次に、議会意思と民意とに「ねじれ」が生じるということは、事実だとしてもそれを不名誉に感じる議員もいるだろうし、議会を悪者にすることは得策ではないとの判断から、この表現も削除したほうがいいということになり、結局、ネガティブな表現は一切除去し、「ある大事な問題について、私たちの思いを施策に反映することができる制度」というポジティブな表現のみとなりました。
 そして、メンバーの誰もが必要性を感じながら、今も結論が出ていないのが、市民投票条例の実用例としてどのようなものを挙げるかということです。この例が、現実的で身近なものであればあるほど常設型市民投票条例の制定を必要と感じる人は多くなるはずです。
 生駒市では昨年4月の市議会議員選挙当日に前議長が収賄容疑で逮捕され、議会に対する市民の不信感は強く、例えば議員定数削減のように、市長も手をつけられない"聖域"である議会に関するテーマであれば多くの市民の賛同を得られそうですが、条例案を審査する議会の神経を逆なですることになります。
 しかし、例えば米軍基地や原発が生駒市に建設されるというようなテーマは、地形的に非現実的すぎて市民投票制度の必要性が市民に伝わりません。
 また、5年前の住民投票条例制定の請求運動を知る議員には、市民投票は"不満分子"による反対運動と捉えられがちで、ネガティブな例を挙げることは議会対策としても不適当です。
 では、ポジティブな例を挙げようにも、小児医療無料化やゴミ収集有料化などの身近なテーマは予算規模がさほど大きくなく、「この程度のことはいきなり市民投票ではなく、まず議会が判断すべき。」と、これまた適当な事例を挙げられず、市民への啓発と議会対策との間で逡巡しているような状況がいつまでも続きます。 (次回につづく)

(2008.08.15)


常設型住民投票条例の制定に向けて〜
奈良県生駒市民の取り組み(その2)
塩見牧子(生駒市議会議員)

 生駒市民案の作成では、投票資格者の年齢と外国人の扱い、投票実施の発議者・請求者、投票実施の必要署名数、そして投票結果の尊重義務について、多くの時間を議論に費やしました。
  とりわけ、投票実施の発議者・請求者については、当情報室で市長発議に議会の同意は必要かという論争が繰り広げられていたちょうどその時期、生駒市民も市長や議会を入れるか否かで意見が割れて喧々諤々やっていました。「市長選挙は政策論争になりやすいが、市議会議員選挙はいまだに地縁・血縁で投票されることが多い。民意とのねじれは市長よりも議会との関係において生じることが多いので市長には発議権を認めるべき。」「議会にも請求権を認めないと今の議会は納得しない。」という意見がある一方で、「市長と議会は、いつでも個別に条例案を提案できる立場にあるから請求者は市民だけでよい。」という意見もあり、なかなか結論が出ず、市民案が完成するまでに結局半年もかかってしまいました。(市民案では請求者は市民のみとし、今後も引き続き周囲に意見を求めていくこととなっています。)
  しかし、市民条例案の作成は、スタート地点に立ったに過ぎません。本当の課題は条例案を作成することなどよりも、作成した案をどのように広めていき、どのように制定していくかというところにありました。
条例案の作成には興味があるけれど、制定の運動はあまり気乗りしないという方もおられます。「今の議会構成ではどうせ常設型の市民投票条例など可決されないだろうから、3年後の市議選まで待ってもいいのではないか?」「市が市民自治基本条例を制定しようとしている今こそ、同時にあるいは間をおかずに市民投票条例を制定するチャンス。議会に影響を与えるくらいの署名を集めればいい。」条例の制定運動の必要を唱えるメンバーの中にも温度差があります。
迅速に制定させたいと考えるメンバーは、この温度差をなくす努力をする時間ももどかしく、いつ配布できる態勢が整うのかわからないまま、とりあえずメンバー共通の理解が得られている、条例制定の必要性と市民案の概要を伝えるリーフレットの作成にとりかかります。しかし、ここでも乗り越えなければならないハードルが待ち構えていました。 (次回につづく)

(2008.07.25)


常設型住民投票条例の制定に向けて〜
奈良県生駒市民の取り組み(その1)
塩見牧子(生駒市議会議員)

 5年前、生駒市では、市が都市基盤整備公団(現都市再生機構=UR)や奈良県とともに市内北部(高山)の里山・山林をニュータウン開発することの是非を住民投票にかけようと、その条例を制定する市民運動が起こりました。「高山住民投票の会」と称するその会の代表世話人を務めたのは山下真現生駒市長で、私も受任者の一人でした。
 「高山住民投票の会」は、有権者の約6分の1にあたる15000筆の署名を集め、条例の制定を求めましたが、その労もむなしく、当時の議会は4対19で否決してしまいました。あれだけの時間と労力を裂いて署名を集めたのに、一瞬にしてそれを無にしてしまった議会に対して憤りはしたものの、もう、その怒りのエネルギーを次なる運動に向ける気力は私には残っていませんでした。
 当時は「常設型住民投票条例」なるものの存在すら知らず、これさえ市民が手にしていれば住民投票を実施できた、ということを知ったのは、2年前に市内で開催された今井一氏の講演会においてでした。(主催「市民自治の会 さわやか生駒」=「高山住民投票の会」のあと結成された「生駒未来ネット」が前身。初代代表が山下現市長。)もちろん、高山の住民投票条例制定に際して「反対」の意見を付帯した中本前市長のもとでは、常設型住民投票条例の制定など望むべくもなかったのですが、新市長が誕生して、それも夢ではなくなっていました。
 しかし、いよいよこれから条例制定に向けて具体的な取り組みをしていかなければ、という時期に市議会議員選挙があり、「さわやか生駒」も山下市長の応援部隊を議会に送り込む必要が生じたため(私も送り込まれた一人ですが)、活動が再開されたのは昨年の秋のことです。
 まずは生駒市民案を作成する作業から始めました。条例案については、当情報室のすぐれたモデルがすでにありましたが、結果的にはモデル案に近いものになるにせよ、我孫子市や旧岩国市の常設型住民投票条例、近江八幡市や岸和田市の市民自治基本条例などを参考に、第一条から条文をひとつひとつ自分たちで比較検討し、議論を交わし、案を作成していきました。これは、時間はかかりましたが、今後、条例案を広めていくにあたり、条文を各自が消化して理解しておく必要がありました。 (次回につづく)

(2008.07.05)

合併型:重要争点型=96:4
武田真一郎(成蹊大学法科大学院教員)

 「情報室」のHPにある「住民投票の実施・拒否をめぐる動き」の事例が1000件を超えたそうである。これらのデータを見ると、現在の住民投票の現状が浮かび上がってくる。 まず住民投票の実施件数を見ると、96年8月に新潟県巻町の住民投票が行われてから01年末までの約5年5か月の総数は13件(1月あたり0.2件)である。02年にはいると合併をめぐる住民投票が激増し、07年末までの6年間に372件(1月あたり5.2件)の投票が行われた。
 96年8月から01年末までの間の合併に関する住民投票は1件だけであり、他の12件はいずれも合併以外の地域の重要争点に関するもの(以下「重要争点型」という)であったが、その後07年末までの期間の372件のうち、合併以外の重要争点型は4件である。よって96年8月から07年末までに行われた385件(13+372)の住民投票のうち、重要争点型は16件(12+4)のみで実施件数の4.1%に過ぎず、他の95.9%はすべて合併に関する投票であったことになる。
 次に住民投票条例の議決状況を見ると、79年以降07年末までの間に住民投票条例が可決された件数は470件あるが、合併に関するものが415件を占め、合併以外の争点に関するものは55件である。この55件のうち常設型の住民投票条例が可決されたものが31件あるので、合併以外の重要争点型は24件のみである。同様に79年以降07年末までの間に、住民投票条例が否決された件数は540件あり、合併に関するものは382件、合併以外の争点に関するものは158件である。このうち常設型の住民投票条例が否決されたものが5件あるので、他の153件は合併以外の重要争点型の条例が否決されたものである。これによると合併の住民投票条例の可決率は52.0%(415勝382敗)、重要争点型の条例の可決率は13.4%(24勝153敗)ということになる。
 合併以外の重要争点型の条例については9割近く(86.6%)が否決されており、合併の住民投票条例についても約半数(48%)が否決されている。そして、前述の通り合併以外の投票は実施件数の4.1%というのが、現在の住民投票の姿である。

*上記の数値は筆者がざっと数えたものであり、誤りがあればご容赦いただきたい。

(2008.05.07)

「9条護憲派(改正反対派)増大」と報じるが
今井 一(ジャーナリスト)

 『朝日新聞』は5月3日付の朝刊で「改憲」に関する最新の世論調査の結果を発表した。それによると、改憲を必要と考える人(56%)が不要と考える人(31%)を大きく上回っている。ただし、憲法9条の改正については66%対23%で反対派が賛成派を圧倒している。

 そうした状況の中で9条護憲派は、9条世界会議を開催するなどして、相変わらず「9条の危機」を語り「9条のすばらしさ」を訴える活動を展開している。そのことについて批判をするつもりはまったくないが、それだけでいいのかという思いはある。

 66%の9条護憲派のうち、半数以上が日米安保や自衛隊の存在及び活動を是認している。かつて、9条護憲派というのは、「憲法9条と安保・自衛隊の存在は矛盾する。安保廃棄、自衛隊解散(改編)を」と主張する人たちを指した。ところが、今では安保・自衛隊と9条を共存させるべしと考える人も9条護憲派の中に入っている。というより、多数を占めている。つまり、9条護憲派が増えたというより、解釈改憲派が増大したととらえるのが正確だ。

 今、9条護憲派が為すべきは「9条のすばらしさ」を訴えるだけじゃなく、現行の安保・自衛隊と9条とは矛盾しているのか否か。矛盾しているのならそれをどう解消するのかについて、「9条の条文をまもる」という点で一致している仲間同士できっちり議論し、国民全体に示すことではないか。

 果たして、開催中の「9条世界会議」ではこの問題が取り上げられているのだろうか。

(2008.05.05)


事務局就任ごあいさつ
西川敏輝(当会事務局長/滋賀県議会議員)

 今回、事務局長に就任しました西川敏輝です。現在、滋賀県議会議員です。事務局におんぶにだっこで、できる範囲で努めさせていただきます。
  私は、旧米原町議時代の2002(平成14)年3月、当時の町長村西俊雄現愛荘町長らと共に、合併の枠組みを問う住民投票を実施しました。日本で初めて永住外国人も投票権者としたため大きな話題になりました。
  住民投票は、代表民主制を否定するもの、衆愚政治につながる等々の批判(特に議員から)もありますが、やってみれば、住民の関心の高まり、政策参加への意欲、やり遂げた自信などが実感できます。「つべこべ言わずやってみろ」というところです。住民投票は、アンケートやパブリックコメントなどとは本質的に違います。一人一人が投票所へ足を運んで政策に1票を投じるのです。まさに自己選択、自己責任の制度であり、重みが全く違うのです。価値観が多様な成熟した民主主義社会では、代表民主制を補完する有効な住民参加のツールと言えるでしょう。
  米原の住民投票も、結果的には、住民意思と議会意思の違いが鮮明になりました。当時の状況は、またの機会にお知らせするとして、私は議会だけで強引に押さなくて良かった思っています。(私は議会の多数派だったのですが)
  滋賀県も、新幹線新駅問題で県民投票をやっていればここまでこじれなかったし、後処理に大きなお金を使うことも無かったでしょう。
  そんなこんなで住民投票への思いは結構強いものがあります。同じ思いを持つ会員さんや市民の皆さんといろいろやりとりしながら、この制度を少しでも進めたい。こんな思いで、どこまで続くかわかりませんが、取り組ませていただきます。ご協力よろしくお願いします。

(2008.04.15)


住民自治って、何だろう?
同時進行ドキュメント
──昭島市における住民投票への道(その4)
大嶽貴恵(昭島市議会議員)

 またもや寝耳の水!?2月19日朝のNHKニュースをつけていると、昭島市が法務省の要請を受け入れたい旨の報道。翌朝新聞には昭島市長の意向が掲載。市民から私の携帯にメールがバンバン入ってきた。「議員は知っていたんだろう」「受け入れは決まったのね」etc.
 今まで「議会が市民の代表、議会に諮る」と言われ続けていました(だから住民投票も考えていないと市長サイドは答えていたはず)。21日委員会が開催、80名超える市民が傍聴に来ました。市長が受け入れ意思を発表すると報道されたからです。委員会の傍聴席は定員20名。入れない市民はドアをたたき、委員会室に入れないことに野次が飛ぶ。当然傍聴席が溢れることは予想されていたはずです。委員会室の部屋の変更を委員長と副委員長が変更すべきと判断しても、議長だか事務局側で狭い会議室のままで続行することを決断。議会の公開性どうなっているのだろうか。そのような中、委員会では、市長の苦渋の決断(!?)を褒め称える議員も出てきました。行政は、立川基地跡地開発をすることで、東中神駅北口の常時改札、道路など基盤整備など今までの昭島市の東の地域の課題が解決すると言っています。行政側が今回の開発で期待できるところを丁寧にまずは市民に説明するべきです。そして、市民に判断させて欲しい。議会はまだ受け入れを判断していません。
 さて市民はというと、市長が発表したことで、あきらめムードが広がっています。市長へ賛成の意見書を出す団体も出てきました。昨年9月からの昭島市の市民への情報公開のあり方、市民参加のあり方は、住民自治とは程遠い。自治の芽を摘むような一連の出来事です。市民よ、怒れ!

(2008.03.25)


住民自治って、何だろう?
同時進行ドキュメント
──昭島市における住民投票への道(その3)
大嶽貴恵(昭島市議会議員)

 市議会会派が8日に開催した学習会『住民投票を考える』のパネリスト報告から、住民自治の一つのツールとして住民投票の必要性を実感しました。

住民投票運動を通じ、関心がなかった市民も案件について理解し考えます。さらに議会傍聴など市政へ関心をもつ市民もでてきます。しかし、市民発議をめざして住民投票を直接請求するその道のりは簡単ではない。議会の壁が非常に高いのです。四街道市も東村山市も直接請求に14%もの有権者の署名を集めました。四街道市は住民投票が実現したものの、東村山市では賛否同数の末、議長が反対票を投じ議会で否決されました。だからこそ主権者である市民自らが直接政策などを問える常設の住民投票条例が必要なのです。

 さて、今回の学習会に参加した「刑務所建設反対」の市民は、「反対を言えばいうほど、住民エゴだと言われ、自分たちが孤立していく」と不安を訴えています。一方「もし昭島市が受け入れた場合と受け入れなかったときの両方の意見を冷静に聞きたい。しかし市民説明会で聞こうものならば、反対市民からの罵声が怖い」という市民の声。建設に反対している市民も、賛成とも反対とも言えない市民も悩んでいます。そして近隣地域以外の市民は、あまり関心がないのも現状です。

 立川基地跡地昭島地区は、2003年3月に市民とともに土地利用計画案の冊子を作り上げました。法務省の構想は、大幅な変更です。市民に丁寧な説明をすべき事柄です。昨年9月に発表されて以来、情報公開を含め、その部分が不足しています。私は住民不在で変更されていく、手続きに問題があると思うのです。賛成も反対も両者が対等な立場で意見を述べ、それを聞いた市民が、いろんな場で議論し、最後は住民投票で決めることで両者が納得するのではないでしょうか。そうすることによって、昭島の自治の力も高まると思うのです

(2008.02.16)


最近注目の北欧・デンマーク
今村明子(福岡・デンマーク友好協会 運営委員長)

 福岡・デンマーク友好協会が創設されて丸6年。協会では、毎月学習と交流をかねた定例会をもちセミナーなども開催している。
 私が最初にデンマークへ行ったのは5年前。環境関係の施設の見学を主としたものであった。風力発電の普及、糞尿・生ごみなどを利用したバイオガスによる地域エネルギーの生産。菜種油などを利用した自動車燃料など、"目からうろこ"の思いをした。日本はこの面で10年は遅れているだろう。
 デンマークは先進国で唯一原子力発電を持たない国である。70年代の高度経済成長化において当然多くのエネルギーを必要とし、全エネルギー供給量に占める石油輸入量は88%に達していた。政府や電力会社は国内に15箇所の原子量区発電所建設を発表した。しかし、時はスリーマイル島などの原発事故の後で、国民の多くが原発を持つことに反対し各地でデモが行われた。政府は85年の議会において正式に原子力発電計画を放棄することを決定した。これが環境に配慮したエネルギー開発へと繋がっていく。
 さて、デンマークの税金は所得から一定の控除を引いた残りに50%がかかり、更に組合費、消費税を合わせると所得によって違うが、75%を越える。昨年、ある調査でデンマークは"世界一幸せな国"1位にランキングされた。税金で75%も持っていかれるのになぜ? デンマークでは福祉施設も何箇所か見せて頂いたのだが、老人ケア施設など勿論個室。広さの基準は64平米で人が心地よく暮らせるよう工夫されている。年金の範囲内で支払うので老後は保証されている。医療費は無料、教育費も保育所から大学まで基本的に無料。治安も良い。他の欧米諸国同様離婚率は高いが、女性の働く環境は整っている。
 と、書きたいことはいろいろあるが、言いたいことは国民の民主主義に対する強い想いである。政治にも税金の使い方にも国民の目は厳しいし、それが反映される。
 日本においても国民の声をきちんと反映できる制度、一般国民投票制、住民投票制を作りませんか。これだけコケにされると、こうした制度が必要だとつくづく思います。

(2008.02.01)


住民自治って、何だろう?
同時進行ドキュメント
──昭島市における住民投票への道(その2)
大嶽貴恵(昭島市議会議員)

 国の要請を受け入れるか否か、期限が迫っている中、建設に反対している住民は、街頭に立ち、署名活動を始めました。子育て世代の普通の主婦が中心となり、毎週行なっています。街頭では、署名する人だけでなく、建設に賛成しているから署名しないという人もいます。そういう人たちに対しても、思いを訴えるだけでなく、賛成の声も丁寧に聞いているのです。
 12月議会に陳情と請願が提出されました。昭島の議会は、陳情・請願の代表者が休憩中でも発現できないこと、議員が自分たちの思いとは違うところで議論していることを目の当たりにし、驚いています。住民は、昭島市の市民参加の仕組みが遅れていることに気づき、いかに自分たちが政治に無関心だったか、今まで議員に全てお任せだったことを反省までしているのです。今回のことを通じ、たくさんのことを学んでいます。
 今、議会は閉会中。立川基地跡地については、特別委員会があり、閉会中であっても委員会を開催することができます。しかし、今のところ開催されません。3月議会まで、十分時間があるにもかかわらず、市民の代表である議員が徹底的に議論をしていないのです。1月の広報臨時号で、市は、市民の意見など議会で議論を深めたいと言っています。どうやって議論を深めるのでしょうか。
 一方、市民説明会で多くの市民が住民投票をすべきと投げかけています。それに対し、市は住民投票条例がないからできないと説明。住民投票条例がないなら、作ればいいのではないでしょうか。頓挫している市長公約の自治基本条例策定の庁内・市民プロジェクトの条例案には、住民投票の条項があります。しかし、いまだ議会へ提案されません。首長が住民自治の仕組みを本気で作るつもりがないなら、市民が立ち上がるしかないと思うのです。

(2008.02.01)


目的と手段
水野裕隆(ライター)

 『水からの伝言』という水の結晶の写真集がある。写真には変な説明がついていて、これらの結晶の元となった水はそれぞれ事前にある文字を「見せた」ものなのだという。水の容器に文字を内側にして紙を貼り付けるのだ。「ありがとう」などの「いい言葉」が書かれた紙を貼り付けた容器の水は結晶を結び、「ばかやろう」どの「悪い言葉」ではそうはならない、という。
 もちろんこんなことは義務教育レベルの知識があれば笑い飛ばせる程度のヨタ話だ。
 ところがこの写真集を道徳の授業に使う教師が続出した。「水でさえ言葉に反応する。体の60%が水である私達も綺麗な言葉を使わないといけませんね」というわけだ。
 この授業にはいくつもの問題がある。まず根本的に「そんな現象はあり得ない」ということ。さらに「外見だけで判断する」ことを肯定し、その中身はシンメトリーの結晶を「美しい」、そうでないものを「汚い」とするあまりに単純な美醜観であり、さらに美=善、醜=悪とする安易な二分法にまで結びつけている。そもそも、これが水が逆の反応をするという話だったらどうなるのか。それでもやはりいい言葉を使えと教えるべきであって、だったら水に教えてもらう話ではない。
 教師はこれを子供の言葉遣いを直すための単なる方便と言うかもしれない。しかし目的だけしか見えずそれに伴う重大な問題点を無視するというのはあまりに想像力がない。
 「改憲阻止」のために国民投票法を作ることそのものに反対した「護憲派」の人たちにもこの教師たちと同じ空気を感じる。目的にばかり目がいって、その手段が内包する不合理に気がつかない。国民投票法がなければ国民は「憲法改変権」を行使できない。運動している人は自分はそれで構わないと考えているかもしれないが、そう思っていない国民の、主権者としての最も重要な権利を確実に奪うことになる。この視点がない。
 教師も護憲派も「善意」であることに間違いはない。しかし善意には想像力が必要だ。

(2008.02.01)


岩国市の自治をつぶすな!
上原公子(前国立市長)

 1月15日、異例の越年国会がようやく閉会となった。国会での駆け引きをよそに、地上配備型迎撃ミサイルPAC3の都心部の展開地の調査が、東京都の新宿御苑で行われた。深夜とはいえ、基地からこれらの装備が運び出されたのは初めてのことである。市民の広域避難所になっている場所も、軍に支配されるということである。一体、市民の暮らしの安全を誰が真剣に考えているのか。今年も、波乱含みの年明けである。
 山口県岩国市で、市民の未来のために必死に闘っている市長がいる。井原勝介市長は、米軍再編成がらみの空母艦載機57機などの岩国への移駐を、これ以上住民に負担をかけられないと拒否した。これに対し政府は、市庁舎の建設費補助金07年度分35億円を交付せず、兵糧攻めを行っている。井原市長は06年に住民投票を行っている。89%が反対という圧倒的な民意を受け、さらに合併後の選挙でも市長に再選された。岩国市民の総意は明らかに受け入れ「NO」である。ところが、議会は受け入れ容認の動きが強くなり、市庁舎建設費の補正予算を否決し続けた。12月議会でついに井原市長は、補正予算を5度目の提案と引き換えに辞表を提出した。
 2月10日は、3度目の民意を問う市長選挙が行われる。補助金という札束で有無を言わせずというかつてない強引な政府のやりように屈するのか、地方自治と民主主義が問われる選挙となる。自治体にとっては、明日はわが身になりかねない。岩国市民の勇気に期待したい。頑張れ、岩国!

(2008.01.16)


住民自治って、何だろう?
同時進行ドキュメント
──昭島市における住民投票への道(その1)
大嶽貴恵(昭島市議会議員)

 立川基地跡地昭島地区は、1977年に国から返還を受け、長年地元住民が夢を描いてきた土地です。1998年に土地利用構想が策定され、市民参加の協議会やアンケート調査をしてきました。ところが2003年6月、国は、財政制度等審議会で立川基地跡地について、「原則留保」から「原則利用」へ方針転換。今年6月までに、土地利用計画案を国へ提出しなければならない矢先、法務省から大規模医療刑務所の構想が示されました。
 今回の構想について、市民は新聞紙上で初めてそうした情報を知ったのですが、その後もなかなか国や市による説明会が開催されず、地元住民は苛立っていました。地元では、建設反対の署名活動を行い、1万人を超えています。反対署名をしている住民は、市民の意見を聞いて欲しいと切実に訴えています。昭島市は、住民自治とはほど遠いのです。
 議会についても同様です。マスコミに発表された後、議会へ報告。その後も議会は開催されることなく、12月議会を迎えました。私は、この間さまざまな議員から言われました。「(地元住民へアンケートをとると)市民が動揺する」
「議員が住民投票を煽る発言をしてはならない」
「反対を表明している自治会での説明会へは参加すべきでない」
「反対をするのは地域エゴだ」
等々、耳を疑うような言葉ばかりです。議会も住民自治とは逆行しているのが現状です。
 そもそも昭島の将来のまちづくりにも影響する大事な案件に対して、国や行政主導で決めていいのだろうか。私は非常に悩んでいます。だから、反対している人、賛成している人の意見を十分に聞きたいのです。
 原点に戻り、今回のことは、直接民主主義で決すべきだと思います。住民投票への道筋が昭島の自治を高めることにつながるのではないでしょうか。

(2008.01.16)


大事なことは市民が決める時代です!
小倉なほ子(札幌市議会議員)

 新しい年を迎えました。将来へ向けての展望がぼんやりと虚ろぎ、行き先の定まらない飛行機にでも乗っているように感じるのは、私が経済、社会状況が著しく厳しい北海道に暮らしているからなのでしょうか。先日は、衆議院においてテロ特措法に関し、与党がまたしても数の力を押し通しました。即、解散総選挙となるのであればまだしも、それも無いまま今日を迎えていることに、不気味な空気を感じています。

 私たち市民が、主に、70年代から訴え続けてきた、まちづくりへの市民参加はいまや国を挙げ、すべての政党が、すべての自治体が声高に言う時代となりました。市民ニーズの多様化などに対応しきれなくなった国や各自治体の思惑と合致しているということがその要因であり、市民一人ひとりの生き方、自治の実践を真に実現しようとしているとばかりはいえないところが胡散臭い限りです。しかしながら、私の暮らす札幌市においても市民派市長の下、市民参加の仕組みづくりが確実に進んでいることは事実です。今後は、まちづくりへの市民の参加を促進すること、併せて自治の検証が求められています。「大事なことは市民が決める時代!」をテーマに活動を進めている私にとって、自治のしくみを完成するには、住民投票制度の確立が何よりも重要です。また、それは市民発議を保障し、常設のもので無ければ意味がありません。住民投票は市民に保障された市政へ参加する権利であるはずです。真の市民自治を実現しようとする自治体であれば、そろそろ住民投票条例の必要性に感づいているのではないかと思うのですが・・・・いかがでしょうか。真冬日が続く札幌で、灯油代を節約しながら、そんなことを考えています。今年もよろしくお願いします。

(2008.01.16)


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