このままでは、住民投票は広がりを見せるどころか、しだいに廃れていくだろう。
なぜなら、各地の主権者が立ち上がって住民投票の実施を求める運動を展開しても、「議会否決」が続くのはまちがいなく、その時点で、政治に参加し市民自治を実現しようとする住民の情熱が失せていくからだ。
また、たとえ住民投票を実現させても、法的拘束力がないことから、名護市のように投票結果を住民投票の執行者である市長が反故にしたり、徳島市のように市長は結果を尊重しても国(国土交通省)が引かないという状況を生み出している。
名護市や徳島市に限らず、どの地域においても、直接請求によって住民投票を実現させる運動を担ってきた人々や、賛否のキャンペーン合戦に関わった人々は、途方もない時間、労力、金銭を費やしている。にもかかわらず、投票結果が実現されないのでは、いったい何のために苦労して住民投票をやったのかということになる。
99年5月29日、各地の住民投票グループが集う「住民投票全国ネットワーク」(加盟22団体)の設立総会が、住民投票条例の制定を控えていた徳島市で開催された。会合では、参加者から「議会否決」と「法的拘束力」という二つの壁に関する発言が相次ぎ、この際、新たな制度を考える専門家グループを設けるなどして、状況を是正していこうということになった。
この総会の翌月、そういった声に応え、住民投票の法制化をめざす「住民投票立法フォーラム」(新藤宗幸、折田泰宏共同代表)が誕生した。このフォーラムは、政府や官僚任せではなく、主権者がイニシアティブをとって住民投票制度を確立しようというもので、学者、政治家、ジャーナリストや各地の住民投票グループのメンバーらで構成されている。
立法化の主たるねらいは、住民投票の実施を求める署名が有権者の一定数を超えたら、議会はこれを拒めないようにし、議会の多数派によってつぶされ続けている住民発案(直接請求)による実施のハードルを低くすることだ。
この点に関しては、フォーラムの中でも意見の相違はないのだが、投票結果に法的拘束力を持たせるか否か、対象テーマを制限するか否か、永住外国人の投票権を認めるか否かなど、さまざまな論点がある。
では、どのような制度を設けるべきなのか。住民投票立法フォーラムが、議論の末に作成した「住民投票に関する特別措置法」(住民投票法)の試案を基に話を進めた
い。法制化のポイントは次の4点にある。
(1) 住民投票を請求する形式と実施の要件
図1 間接イニシアティブ(発案の投票)の例
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図2 レファンダム(表決の投票)の例
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現行制度では、住民側が住民投票条例の制定に賛同する有権者の2%以上の署名を収集し、この制定を首長に対して請求するという形式になっており、他の条例同様、議会が可決しなければ条例は制定されない。
一方、フォーラム案では、欧米において多く採用されている「イニシアティブ」(発案の投票)と「レファレンダム」(表決の投票)の2本立てになっている。
「イニシアティブ」というのは、住民の側が条例案や条例の改正案を起草して首長にこの制定を請求する制度で、請求したものが議会の審議を経ずそのまま住民投票にかけられるのを「直接イニシアティブ」、請求されたものが議会で審議され、議会がそれを否決したり修正可決すると住民投票が実施されるものを「間接イニシアティブ」という。フォーラム案では「間接」の方を採用している(具体的にどのように住民投票を実施するかについては、図7を参照のこと)。
「レファレンダム」とは、首長や議会が決定した事項について有権者の投票によって可否を決める制度のことで、住民の承認を得ることが義務づけられている義務的なレファレンダム、住民投票にかけるかどうかを首長や議会が決めて行なう諮問的なレファレンダムなど、いくつかの種類がある。
フォーラム案に採用されたのは、主権者である市民の権利の行使としてのレファレンダムだ。これは、議会が可決した条例や決議の発効を阻むために、住民が規定の署名を集めて首長に請求しさえすれば、その条例や決議などを必ず住民投票にかけるという制度。このフォーラム案に従えば、首長や議員の発案でレファレンダム(表決の投票)を実施することはできない(これについては、図8を参照)。
イニシアティブにせよレファレンダムにせよ、住民はいったいどれだけの署名を集めれば請求することができるのか。フォーラム案では、その自治体が抱える有権者の数によって必要とする署名数に差をつけ、最少で5%(有権者数が100万人以上のところ)、最多で10%(同じく50万人以下)としている。
海外ではどうか。アメリカの場合、州法に関するイニシアティブあるいはレファレンダムについては、カリフォルニア州は前回知事選投票者の5%(イニシアティブ、レファレンダムとも)。オハイオ州ではイニシアティブは有権者の3%で、レファレンダムは郡の半数から各3%を収集するという条件での有権者の6%となっている。 ドイツの場合は、法律に関するイニシアティブ(州民発案)はブレーメン州が有権者の20%、バイエルン州が有権者の10%、バーデン=ヴュルテンペルク州では有権者の6分の1となっている。
また、バーデン=ヴュルテンベルク州における市町村法では、イニシアティブ(住民発案)について、有権者の15%の署名が必要であるが、市町村人口に応じて、5万人以下=3千人、5万人〜10万人=6千人、10万人〜20万人=1万2千人、20万人以上=2万4千人の署名数があれば可能だとしている。そして、イニシアティブによって請求された措置について議会がこれを議決したときは、住民投票は行なわれない。
住民投票を発案する権利の所在と議会の拒否権について紹介するなら、各国の中には発案権を持つのは議会や自治体当局だけで住民にはその権利がないという国もある。アイルランド、ノルウェー、ベルギー、ポルトガルなどがそうだ。
また、日本のように、いくら請求署名を集めても実施の決定は議会が行なうというのは、スペインやフィンランドなど。その逆に、チェコ、オーストリア、ルクセンブルクなどでは一定数の請求署名が集まれば必ず住民投票を実施する。
(2) 住民投票の対象事項
★日本の制度
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住民投票のテーマを限定すべきかどうか。フォーラム案では除外事項(ネガティブリスト)を一切設けていない。地域社会における争点となるものであれば、それに関係する当事者、事業者が国や都道府県であれ民間企業であれ、あらゆるテーマで住民投票を請求できるとした。
除外事項を設けなかった理由は主に2つある。政府は、例えば徳島市の可動堰建設問題など当該自治体に許認可権限のない事項や「原発」「基地」といったいわゆる国策に関する事項は「住民投票になじまない」としており、これらの事項を適用除外とする住民投票の法制化を図ろうとする動きが見られる。こういった目論みに対抗する意味もあって除外事項を一切設けないことにした。
もう1つの理由は、地方分権、市民自治の精神に則り、主権者である住民側の自覚と責任にかけようという考えだ。
住民投票が衆愚政治になるかどうか、住民投票を少数者抑圧の手段に利用するかどうかは有権者次第である。例えば、「要介護者を含む老人施設」や「知的障害者の施設」が近所に建設されることを阻むために住民投票を使うとか、永住外国人の人権や生活権を損なうような事項を住民投票によって決めるとかいったことについては、そういった類いのテーマをあらかじめ除外事項に盛りこむのではなく、主権者の知恵や良心に判断を委ねるべきだと考えた。
なお、欧米では「予算」や「税金」に関する事項、市町村長の選任、罷免に関する事項などを除外事項としている国がいくつかある。
ところで、海外の自治体ではどんなテーマの住民投票を行なっているのか。その一部を紹介しておく。スウェーデンでは、「難民の受け入れ」「道路の拡張」「市の名称」「国営酒店の設置」「原発の廃棄物処理地」「地方税率」など。
スイスでは「ホテルとそのレストランに関する国際サッカー連盟との建築権契約」「ごみ処理有料化」など。
フランスでは「路面電卓の導入」「原発の設置」「歩行者及びバス専用ゾーンの設置」「市町村の予算」「老人ホームの改築」「オートレースのサーキットコースの創設」など。
アメリカでは「公選者の任期制限」「不法移民の締め出し」「タバコ税の増税」「犯罪者の矯正施設の建設」「マリファナの医療目的の使用」「空き瓶のデポジット(預かり金)制」「犯罪被害者の権利擁護」「原子力発電所の建設」「公債発行」など。
このように、実にさまざまな案件が住民投票にかけられているのだ。
(3) 投票権者の範囲
ドイツ・ブランデンブルク州の市町村における市民発議制度
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住民投票の投票権者をどのように定めたらよいのだろうか。フォーラム案では、公職選挙法の定める有権者は「発案権」と「投票権」の両方を持つことができると定めた。加えて、自治体ごとの条例で、永住外国人や未成年者などその範囲を拡大できるとしている。
政府は永住外国人に地方参政権を与える方針を固めつつある。在日コリアンをはじめとする永住外国人は日本国民と同じ納税者であり、地方議員の選挙や住民投票について同じ権利を持つのは当然のことだと考える人は多いが、参政権を得たいのなら日本国籍を取得すべきだという意見もある。フォーラム案は、他の項目については住民投票法をもって一律に規定しているが、この項目に限り自治体において「拡大するか否か」「どんなふうに拡大するか」を決めるべきだとしている。
なお、海外で永住外国人に住民投票への参加を認めている国には、オランダやスウェーデンなどがある。
(4) 成立要件と法的拘束力
どれくらいの票が集まれば、それを自治体の意思として認めるのか、どのようにして、その結果に法的拘束力を持たせるべきなのか。
フォーラム案では「イニシアティブ(発案の投票)」「レファレンダム(表決の投票)」ともに、有効投票の過半数の票が、投票資格者総数の3分の1に達すれば、その票の示す意思が自治体の意思として確定するとした。
これに伴い、自治体の長、その他の執行機関、および議会はこの意思に拘束されることになり、長と議会は決議や予算の執行ができなくなる。また、投票結果に反することになる許認可処分の申請が国や県や企業などの事業者からあるときは、他の法令の規定にかかわらず不許可としなければならない。つまり、フォーラム案では、投票結果に法的拘束力を持たせている。
投票の拘束力の発生要件を絶対得票率(有権者総数に占める得票数の割合)に拠ることとしたのは、相対得票率(有効投票総数に占める得票数の割合)よりも、投票棄権者を含めた住民全体の意思の反映をより明確に示すものであると考えたからだ。
具体的に数字を示して考えて見てみよう。
間接イニシアティブの例としてあげた「歩行者及びバス専用ゾーンの設置に関する」条例案について、議会がこの制定を拒否し、住民投票が実施されたとする。
・Aパターン/投票率が60%で、投票者の中で賛成票が60%、反対票が40%の場合。
60%×60%で、賛成票は有権者総数の36%を得たことになり、条例は制定される。
・Bパターン/投票率が50%で、投票者の中で賛成票が65%、反対票が35%の場合。
Aパターンより賛成票の相対得票率は5%高いものの、50%×65%=32.5%で、有 権者総数の3分の1という規定に達せず、条例は制定されない。
では、これまで住民投票が実施されたいくつかの地域にこの規定をあてはめたらどうなるか。
・新潟県巻町 投票率88.29%、投票者の中で賛成票38.55%、反対票60.85%
反対票が有権者総数の53.72%に達しており成立。
・沖縄県名護市 投票率82.45%、投票者の中で賛成票45.34%、反対票52.87%
反対票が有権者総数の43.59%に達しており成立。
・徳島県徳島市 投票率55%、投票者の中で賛成票8.22%、反対票90.14%
反対票が有権者総数の49.58%に達しており成立。
いずれも、反対票が有権者総数の3分の1を超えており、フォーラム案のような制度が日本にあれば、名護のように議会が住民投票後に「ヘリ基地建設推進決議」をしたり、市長が「基地受け入れを容認」したりすることはできなくなる。
ちなみに、海外においては、住民投票の結果に法的拘束力を持たせているのは、オーストリア、ハンガリー、スロヴァキア、チェコ、ドイツ、アメリカなどで、拘束力を持たせていない「諮問型」にしているところでは、アイルランド、イギリス、フィンランド、フランス、ベルギー、オランダなどの国がある。
住民投票の法制化のために
さて、フォーラム案のような法制化が実現したとしても、その執行にかかわる周辺法体制の整備をはかるという課題がある。多数の行政作用法ならびに行政手続法・行政手続条例と住民投票法との関係を再規定したり、地方自治法の一部改正も必要になってくる。
膨大な作業になると考えられるこういった周辺法体制の整備も含め、広範な人々との議論を深めることによって、よりよい制度に仕上げていく必要がある。
ただ、法制化を実現するための大きな壁が一つある。立法化のためには、これに賛同する国会議員を多数獲得しなければならないということだ。
当然のことながら、住民投票や国民投票という直接民主制が導入されると、主権者の議会監視、議会制御が進み、肥大化していた議員の権限が縮小されることになる。彼らはそのことをよく理解しており、「改革派」の看板を掲げている議員でさえ、この法制化に背を向けたり、積極性に欠ける動きを見せたりしている。こういった議員を動かすためには、われわれ主権者が行動するしかない。最もわかりやすく言うなら、こういった法制化に反対する議員を議場から葬り去り、彼らに代わって賛同する人々を大量に議場へ送りこむということだ。
これは、かなり難しい作業ではあるが、それこそ、巻町民や徳島市民がそうしたように、観客席にいる国民がグラウンドに下りて行動し、その正当性を理解するメディアがこれを強力に後押しすれば、法制化の可能性は開けると考える。
今後、住民投票が広がるかどうかば、ここに示したような現行制度の欠陥を正す法制化が確立されるか否かにかかっている。もしそれが果たされれば、すでに大多数の国民は住民投票を活用したいと考えているのだから、行政施策や公共工事などをテーマに、おそらく日本のどこかの自治体で毎月のように住民投票が行なわれるようになるだろう。そして、4年に1度ではなく、自分たちの行動が毎日チェックされるようになる議員は、住民からの拒否権が成立するような行政施策をとることはできなくなる。
いま、私たちが追求すべきなのは、議員の人格や政治的モラルを変えることだけではなく、民意を政治や行政に反映し得る制度を確立することなのだ。急ぎそれを果たさねば、市民は政治決定の場からますます疎外され、無力で無能な主権者もどきとなってしまうだろう。
民主主義は努力して獲得するもの。この国はいま、正念場を迎えている。
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