1-1.成人年齢は「能力の境界」である
「大人×子ども 18歳成人改革の論点」の連載を始めます。前連載(イヤでもわかる!国民投票法案)に引続き、よろしくお願いいたします。
(成年/未成年)、(20歳以上/20歳未満)と、法律は年齢という基準で人を区分し、許容・禁止関係ないし権利・義務関係を定めます。タイトルワードにも関わりますが、大人と子どもの区分に対応するのが、成人年齢という用語(概念)であると一般には考えられています。
19世紀、J・S・ミルというイギリスの思想家がいました。彼は『自由論』(1859年)という著作の中で、個人が有する自由の意義と、権力が個人の自由を制約する原理について、「他者危害原則」という考え方を示しています。
現在それは、(1)判断能力のある大人であれば、(2)他者に危害を加えない限り、(3)自己の利害に関して、(4)たとえ本人に不利益なことであっても、(5)自己決定することができる」という命題として、法学・倫理学の分野で広く受け入れられています。
自己決定権は、(1)判断能力のある、という主観的な要素が関わりますが、判断能力の有無・程度は人それぞれです。
そこで「年齢」という客観的要素を入れ、一律にその判断能力の有無を決することは、不可能ではなく、むしろ合理的だといえます。「20歳以上の者は、判断能力がある」という、さらに別の命題を立てればよいのです。
これら二つの命題を組み合わせれば、「20歳以上の者は、(他者危害原則の下で)自己決定権を有する」ということになります。
誤解を恐れずに言えば、日本の法制度はいま、この意味での20歳を成人年齢と考えています。繰り返しになりますが、成人年齢とは、自己決定した行為が法的に有効か無効か(合法か違法か)、その境界を定型的・画一的に決する、人為的な概念です。
そうだとすると、18歳成人改革とは、成人年齢を「20歳」から「18歳」へとその設定値を変更する、つまり18歳になれば原則として自由な自己決定を認め、時として責任が問われるという制度をつくるだけという、実に形式的な政策ではないかと思われることでしょう。
しかし、それは違います。18歳成人改革は、単なる法的な「年齢線引き問題」として捉えきれない問題背景を抱えているのです。
1-2.教育改革とは車の両輪
近代以前の社会では、成人儀礼(通過儀礼)というものが存在しました。
子どもは大人になるために、適齢期の一定期間(数日から数ヶ月)、共同体から離れたところで厳しい訓練を受け(霊的なイニシエーションも行われたようです)、その訓練が終わったところで、大人として認められ、共同体の仲間入りをしていました(詳しくは文化人類学、民俗学が扱います)。このような社会では、人は子どもから大人へと、はっきりとした「変態」を遂げていたと考えられます。
戦前の日本に存在した徴兵制度も、ある種の成人儀礼と位置付けられてきました。旧兵役法下では、満20歳になると徴兵検査が義務付けられており、検査に合格することが、一人前の男子(大人)とみなされてきたのです。
これに対して近代化以降は、合理主義思想の影響の下で、制度化された「学校教育(初等中等教育)」が成人儀礼にとって替わりました。
新しい学制では、子どもは共同体の中で、数年以上の長い期間をかけて、大人の準備教育を受けることになりました。
しかし現実には、中等教育の終了時までに大人の準備教育は完結していません。しかも「社会人」になってからもそれがなお続くという奇妙な現象がみられます。
高度大衆消費社会の到来は、大人になるための知識、作法、条件を著しく増大させました。また、この世に真・善・美はないと構え、価値を相対化する思想(価値相対主義)の影響が大きくなり、大人のステージになかなか到達することのできない「半変態」の年齢集団を誕生させ、準備教育の長期化をもたらしてしまったのです。
学校教育が成人儀礼としての役割を果たしきれていないのですから、「大人」と「子ども」が混在したまま、試行錯誤の日常を生きる「若者」が増えても、何ら不思議ではありません。
成人儀礼に関するこうした事情を踏まえると、18歳成人改革は、根本的に教育改革の問題と関連するということを、はっきりと認識しなければなりません。年齢の線引きを法的にオペレーションすることと、教育改革とは車の両輪だということなのです。
1-3.18歳成人改革を後押しする「5つの議論」
そろそろ、本題に入りましょう。
18歳成人改革の議論はこれまで、大きく分けて5つの流れがあったと考えられます。
第一は、18歳はすでに精神的に成熟しており、大人であるという社会的評価を前提に、法整備の立ち遅れを指摘する議論です。
第二は、18歳は精神的に成熟しているとまではいえないものの、成人年齢を引き下げることによって、大人としての自覚を高めることができるとする議論です。
これは教育改革の文脈で論じられることがあります。18歳で終了する中等教育が、大人になるための準備教育を完遂しておらず、2年間にわたる「成人意識の空白期間」を生み、無自覚で中途半端な大人を生み出しているという指摘があります(※1)。
第三は、少年犯罪に対する厳罰化を求める、少年法改正の議論です。この点については、第8回 刑罰か教育か?少年法改正の是非で検証します。
第四に、参政権の拡充を求める議論です。
これには三つあり、
- 公職選挙法を改正し、国政選挙、地方選挙の選挙権年齢を引き下げ、あるいは地方自治法に定める条例制定請求権等の年齢要件を引き下げることで、若い世代の政治意識を高め、政治参加の機会を与えるべきであるとの議論(投票率の向上をねらいとして主張されることもあります)、
- 自治体合併の是非など地域政策の是非を問う住民投票の実施に際して、10代住民の投票権を認めている例があり(※2)、国政レベルでも同様に保障すべきであるとする議論、
- 憲法改正の手続きを定める国民投票法で18歳投票権を定めると同時に、各府省が個別に管轄している成人年齢法制(選挙権年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法など)を整序すべきであるとの議論、です。
実際、(3)の議論にほぼ従って、国民投票法が成立、公布され(平成19年法律第51号)、18歳成人改革の政治的端緒となりました。この点は後述します(1−4)。
なお、(1)のヴァリエーションとして、少子高齢社会の到来という現実を踏まえ、若い世代と高齢世代との政策上の利害調整を行うことを主眼として、参政権の拡充を求める見解があります(※3)。
第五に、18歳成人が国際的潮流であることを受けた議論です。国会図書館の調査では、世界の国と地域(合計193)の中で、18歳成人制を採用しているのが162に達しているとのことです。
また、日本は1994年4月、児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)を批准しています。条約第1条で、「児童」を18歳未満のすべての者と定義しています。条約は、法律よりも強い形式的効力(法律よりも上位)を有します。したがって、条約の締約国として、18歳成人制に向けた必要な国内法の整備を行う責務があります。
1-4.国会の議論
国会ではどのような議論が行われてきたでしょうか。
きっかけは、1970年9月4日、参議院公職選挙法の改正に関する特別委員会で、多田清吾議員(公明党)が行った質疑であるといわれています。多田議員は、公職選挙法を改正し、18歳で選挙権を有することとすべきこと、その際憲法15条3項(成年者による普通選挙の保障)との関わりで民法改正の要否も問題となるところ(1-5.で触れます)、民法改正とは切り離して18歳選挙権を議論すべきことを提案しています。
18歳成人を法制化する動きも始まりました。
民主党は1999年8月24日、政権政策委員会提言の中でこの問題に触れ、翌2000年5月23日、「18歳以上に大人としての権利と責任を」と題する政策文書をとりまとめました。民法、公職選挙法、少年法の改正を柱とするこの政策文書をベースに、「成年年齢の引下げに関する法律案」を衆参両院に二度議員提出していますが(参議院は2000年の第150国会、衆議院は2002年の第155国会)、現在のところいずれも審査未了で廃案となっています。
民主党は近時、成年年齢引下げに関する論点整理を公表しています(2008年7月22日)。 成人年齢法制を分野・項目ごとに整理し、見直しの方向性につき個別検討を加えています。
1-5.国民投票法の制定
18歳成人改革の議論に法的、政治的な方向付けを行い、国民的議論を喚起したのは、2007年5月の国民投票法の制定がきっかけです。
もともと国民投票法案の与党案(保岡興治議員外5名が2006年5月26日に衆議院に提出した案)は20歳以上の日本国民に投票権を認めるとしていましたが(法案起草段階では、法律本則で18歳投票権を定め、附則で18歳選挙権を実現する公職選挙法の改正が実現しない間は、国民投票の投票権年齢も20歳以上とし、公職選挙法の改正には検討期限の「見通し条項」を設けるとする案も検討されました)、投票権を原則18歳以上とし、両議院の議決で16歳以上とすることも可とする民主党案(※4)との併合修正を行い、現在の条文になったという経緯があります。
<図1 国民投票法の制定>

同法の成立、公布を受けて、「国民主役の公職選挙法を考える会」(21世紀臨調と自民・民主・公明の有志議員で構成)は、18歳選挙権の早期実現を求める緊急提言を発表しています(2007年6月4日)。
なお、同法案に反対した社民党も、憲法改正国民投票法案について(案)(2006年1月20日)という論点整理の中で、18歳投票権の必要性について触れています。
1-6.附則第3条の意義
条文を見てみましょう。
国民投票法(本則)第3条【投票権】
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日本国民で満18歳以上の者は、国民投票の投票権を有する。
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国民投票法附則第3条【法制上の措置】(※5)
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1.国は、この法律が施行されるまでの間に、年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法(明治29年法律第89号)その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。
2.前項の法制上の措置が講ぜられ、年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加すること等ができるまでの間、第3条(投票権)、第22条第1項(投票人名簿の被登録資格等)、第35条(在外投票人名簿の被登録資格)及び第36条第1項(在外投票人名簿の登録の申請)の規定の適用については、これらの規定中「満18年以上」とあるのは、「満20年以上」とする。
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附則第3条の意義が分かりづらいと思います。とくに、なぜこの条文が、投票権年齢(国民投票法)を選挙権年齢(公職選挙法)と成年年齢(民法)とをリンクさせているのかという点です。
この点は、2つの憲法条文との関連で考える必要があります。
まず、憲法96条1項で、国民投票が衆議院員総選挙や参議院議員通常選挙と同一の期日に行われることも想定している点です。国民投票の投票権と国政選挙の選挙権とは、参政権という点では同種の権利であり、年齢において一致していなければならないという、国民投票法の整備に向けた解釈論、立法論としての見解があります。
また、憲法15条3項は「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」と定めています。本条項は様々な解釈が可能ですが、民法が定める成年年齢(成年者は単独で契約等の法律行為が可能です)と公職選挙法が定める選挙権年齢とは一体として理解すべきであるというのが、政府当局の伝統的な考え方です。
戦後、幣原内閣の時代ですが、衆議院議員選挙法(公職選挙法の前身)が改正され、民法の成年年齢(20歳)を前提に、選挙権年齢が25歳から20歳に引き下げられたという経緯があります(※6)。先に紹介した多田清吾議員の質疑に対する秋田大助自治相(当時)の答弁も、この立場を踏襲しています。
民法と公職選挙法は、私法と公法の違いもあり、何ら関係がないように見えます。成年年齢と選挙権年齢とが一致していることは憲法上の要請ではありませんが、その根底にある個人の判断能力において差異はないものと、今日まで考えられているのです。
<図2 3つの年齢の相関関係>
1-7.「その他の法令」はどこまで?
附則第3条で名称が頭出しされている法律は、公職選挙法と民法の2本だけです。
これら以外にも成人年齢に関する法律はありますが、国民投票の投票権年齢とはリンクしません。1-3.で紹介しましたが、国民投票法の成立時点において、見直しの対象となる法律をすべて確定させていたわけではありません。衆参各院の憲法審査会で調査を行い、議論を整理することが想定されていました。
附則第3条の中の「その他の法令」にはどのような法令が含まれているのか、第3回 308本の法令リストでその全体像を明らかにするとともに、第4回 法制審議会の動向 -その1-以降、国民投票法成立後の、立法措置に向けた政府の動向について検証していきます。
国民投票法は、憲法改正の手続きを定めた「国民主権立法」であっただけでなく、「18歳成人改革立法」でもあったのです。
注
| (※1) |
野田耕一『教育構造改革』勉誠出版、2002年、p.15-p.16、p.220を参照。
また、藤田英典『教育改革―共生時代の学校づくり―』岩波新書、1997年、p.94は、(1)高等教育への準備教育、(2)職業生活に直結する実学的教育、(3)完成市民教育という中等教育の3つの役割の調整が難しい課題だと指摘しています。
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| (※2) |
詳しくは、住民投票の実施・拒否をめぐる動き([国民投票/住民投票]情報室)(会員専用ページ)を参照。
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| (※3) |
葉梨康弘「論点 国造りの主役は若者」(毎日新聞朝刊・2007年6月29日)
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| (※4) |
16歳以上に引き下げるとした条項は、その後の修正案で削除されました。 |
| (※5) |
法制上の措置の遅れについては、拙稿国民投票法本則施行までの「3つの宿題」の早期審議を求める声明(2008年7月21日)を参照。
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| (※6) |
第89回帝国議会・衆議院議員選挙法中改正案外一件委員会(1945年12月4日)において、堀切善次郎内務大臣(当時)は改正法案提出理由を次のように述べています。 |
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・・・選擧權及び被選擧權の擴張に付きましては、選擧權の年齡を、二十五年より二十年に、被選擧權の年齡を三十年より二十五年に、それぞれ五年宛引下げますと共に、新たに女子に對しましても、男子と同一の條件を以て選擧權及び被選擧權を認めることに致した次第であります、教育文化の普及状況、一般民度の向上、殊に戰時中に於きましての社會經濟的活動の實際に徴しまして、近時青年の知識能力著しく向上し、滿二十年に達しました青年は、民法上の行爲能力を十分に持つて居りますのみならず、國政參與の能力と責任觀念とに於きましても、缺くる所がないものと存ぜられるのであります、寧ろ是等の清新溌刺、純眞熱烈なる青年有權者の選擧への參加に依りまして、選擧界の固著せる弊竇を一新し、之に新日本建設の新しき政治力を形成する重要なる要素を加へることに相成るものと信じて居る次第であります
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