改憲の是非を問う国民投票
─その意味とルールを考える
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   更新:2008/03/05
 改憲の是非を問う国民投票─その意味とルールを考える(3回連載その1)
今井 一
※本会運営委員の今井一氏が、昨年11月に北海道地方自治研究所(http://www.hokkaido-jichiken.jp/) 主催の研究会に参加し報告した話(「改憲の是非を問う国民投票─その意味とルールを考える」)が『北海道自治研究』2月号(3月8日発売)に掲載されます。(頒布価格500円。申込先:TEL011-747-4666 FAX011-747-4667)。
本連載は、北海道自治研の御厚意により、ほぼ同じものを3回に分けて掲載するものです。
改憲の是非を問う国民投票
─その意味とルールを考える
(3回連載その1)

国民投票、住民投票との関わり

 講演に先立ち、自己紹介も兼ねて、私がなぜ国民投票、住民投票に深く関わるようになったのかをお話しします。
  私は大阪市の生まれで、大学では哲学を専攻していました。1981年、ポーランドにおいてレフ・ワレサ率いる独立自治労組「連帯」を中心とした民主化運動が高揚します。私の卒論のテーマは「現存する社会主義国における自由の諸問題」でしたから、これは生きた教材だと、誰一人知り合いのいない現地に足を運んだわけです。『鉄の男』を撮影中だったアンジェイ・ワイダ監督に同行したり、「連帯」メンバーの家に居候したりと幸運が重なり、歴史的な局面に入っていたポーランドを生々しく見聞きすることができました。その体験記を週刊誌などに発表したのを皮切りに、ジャーナリストとしての仕事が始まりました。
  81年の12月にソ連の圧力によって戒厳令(戦時体制)が敷かれ、ワレサ委員長はじめ「連帯」幹部が次々に牢獄に繋がれるなか、私の友人も何人か囚われの身となり、私自身も82年に2度拘束されて、国外退去を強いられました。そして、83年に3たび拘束された後は、何度申請しても入国ビザが発給されませんでした。
  状況が変わったのは「ベルリンの壁」の崩壊です。この89年から90年にかけては、激動するベルリン、ワルシャワ、プラハの3都市をぐるぐると回り、現地取材を重ねていましたが、やがてエリツィンが台頭したモスクワを経てバルト3国に向かいました。というのも、旧ソ連が崩壊に向かう過程で起きた「東欧民主化革命」のなかで、バルト3国が91年の2月、3月に相次いで「ソ連から離脱・独立することに賛成するか否か」を問う国民投票を行なったからです。これを受け、当時のソ連大統領ゴルバチョフは、バルト3国の動きに対抗する格好で、91年3月17日、「連邦解体の是非」を問うソ連邦国民投票を行いました(15共和国のうち9つが参加)。日本ではほとんど報道されませんでしたが、ここでの経験が、私にとっては国民投票、住民投票という問題に強い関心を持つ大きな契機となりました。
  2000年以降は、本業の傍ら、市民グループ「住民投票立法フォーラム」や「真っ当な国民投票のルールを作る会」を仲間と共に起ち上げ、国内における国民投票、住民投票の法制化を目指して運動を続けてきました。「フォーラム」や「作る会」は06年に解散し、現在は、両グループの活動や情報を継承する「[国民投票/住民投票]情報室」(2006年12月開設)の運営委員を務めています。
  このほか、私は数年前より衆参の憲法調査会や憲法調査特別委員会で、憲法改正手続法(いわゆる国民投票法)のあり方などについて発言してきたところです。憲法調査特別委員会にはこの2年間で5回(衆議院4回、参議院1回)出席しましたが、推薦は自民党、公明党、民主党それぞれから受けています。社民党および共産党からの推薦を受けたことはありませんがその理由は単純で、両党はどんなにまともな法律になろうが現段階では国民投票法の制定に反対するという姿勢を貫いており、同法を「真っ当なものにして速やかに制定すべし」という私の主張は彼らの批判の対象となっているからです。

国内における住民投票の実施状況と特徴

 一方、私はこの間、国内各地の住民投票の動きを追いかけてきたところであり、『住民投票−観客民主主義を超えて−』(岩波新書、2000年)という著書にまとめています。
  ただ、この本を書いた当時、日本における住民投票の実績は、新潟県旧巻町で行われた「原発建設の賛否を問う住民投票」(96年8月4日)、沖縄県で行われた「日米地位協定の見直しと米軍基地の整理縮小に関する県民投票」(96年9月8日)、岐阜県御嵩町で行われた「産廃処分場建設の賛否を問う住民投票」(97年6月22日)など、全国的に大きく報道された事例もありましたが、わずか14件に過ぎませんでした。
  しかし、その後11年間で370件にも上る住民投票が行われてきました。世界を見渡しても、短期間の間にこんなに数多くの住民投票が行われた国はどこにもありません。日本は96年までは先進諸国の中で最も住民投票の実績が少ない国だったのですが、この11年で実施件数に限って言えば一気に世界最多となりました。比較的よく住民投票を行なっているスイスやドイツでさえも、多い時で年間せいぜい5〜6件です。日本の記録は世界史の中で今後も破られることはないでしょう。
  件数はともかくその内容に問題があります。というのも、370件のうち353件が市町村合併に関係したもの(合併の是非、合併特例区長候補の選出、合併協議会設置の是非など)だということです。これは地方議会が、空港建設やダム建設などの案件は拒否し、合併関係の住民投票しか認めていないことを意味しています。例えば、かつて(88年)北海道で泊原発の建設問題をめぐり、その是非を問う道民投票条例の制定を求める直接請求があったとき、結果的に道議会で2票差で否決された歴史があります。もし可決されていれば、巻町に先んじて住民投票が行われていた可能性は高く、社会科の教科書や副読本に載るような市民自治の「事件」となっていたでしょう。
  まちづくりや基地問題をめぐる住民投票もわずかながら行われてきてはいますが、合併以外の住民投票条例制定の請求が議会を通過すること自体ほとんど不可能になっています。最近でこそ、マニフェストに「住民投票制度の導入」を掲げて当選してくる自治体の長も現れ始めていますが、全体として見れば、日本は依然として国民投票・住民投票後進国です。
  とはいえ、実は現代の日本人は、先進諸国の中で、住民投票の制度化を容認、歓迎する層の割合が最も高いという事実があります。
  例えば、朝日新聞が2001年に行なった調査によると、「大事な問題については議会まかせにせず、住民投票で直接決定することに賛成するか」という問いかけに対して、賛成90%、反対5%、わからない5%という驚くべき結果が出ています。また、朝日新聞とNHKが2002年にそれぞれ行なった国民投票に関する調査によると、国民投票で重要な問題について決定することについて、両調査とも8割の人が賛成しています。
  選挙と国民投票・住民投票の決定的な違いは、選挙が基本的には主権者に代わって案件を決定する代理人を選ぶものであるのに対し、国民投票・住民投票は案件を主権者自らが直接判断するものです。言い換えれば、前者は間接民主制、後者は直接民主制です。
  今の日本には自ら物事を決定したいと望む人たちが多いからこそ、この11年間で370件もの住民投票が行われたのだろうと思います。いくら市町村合併が上から強力に進められようとも、住民の側にそういう気持ちが強くなければ、なかなか住民投票自体行われなかったのではないかと思います。

諸外国における国民投票の現状

 諸外国における国民投票を見ると、大雑把に言って、自国の憲法の規定を改めるか否かを問う国民投票と、憲法事項ではない国民投票に分けられます。
  例えば、自国の憲法で離婚を禁じているアイルランドでは、離婚したい人たちは憲法の関係規定が変わらない限り離婚できません。この状況を変えようと、過去に2回、政府提案でそのための国民投票が行われています。1回目は憲法改正が否決されましたが、2回目はECからEUへ転換する時期(1995年)に行われ、時のメアリー・ロビンソン首相が「EU加盟に当たり、我々もヨーロッパの普通の国になろう」などと呼びかけたこともあって、[50.28%対49.72%]で離婚が合法化されることになりました。
  また、憲法事項ではない国民投票の事例として、フランスで2005年5月29日に行われたEU憲法の批准の是非を問う国民投票があります。私は1週間にわたってこの国民投票の現地取材を行ないましたが、これはEU憲法を批准するための法律を制定するかどうかの問題ですから憲法事項ではなく、大統領や議会は本来は国民投票にかける義務はありません。国会議員の8割もが批准に賛成していたし、それでさっさと批准してしまうことは可能でした。しかし、時のシラク大統領の判断で国民投票にかけることになり、結果的にフランス国民は[55%対45%]で批准を拒否しました。シラク大統領が国民投票にかけると判断したとき、賛成派は6割に上り、勝てるという確信があったようですが、実際には投票日に向けて反対派が増えていくという逆転現象が見られました。
  このフランスにおける国民投票においては、国民の間に極めて鮮明な投票行動が見られました。すなわち、パリの住民が6割賛成、4割反対となった一方、工場労働者や農業従事者の多く住む地方では7〜8割が反対し、賛成は2〜3割にとどまりました。また、学歴で言えば、高学歴層の多くが賛成、低学歴層の多くは反対、所得で言えば、高額所得者層は概ね賛成、低所得者層は概ね反対という結果です。しかし、どこの国であれ、一口に大衆といっても、数は貧困層の方が多いのであり、少なくともフランスではこの層の人たちが国民投票の決定権を握っているということです。フランスの憲法には、第3条に、「フランス人民は、代表者によって、および人民投票によってその主権を行使する」と記されてあります。大衆のうちの多数を占める貧困層の人たちを納得させない限り、いかなる為政者であっても、ごり押しはできないということです。

スイスに学ぶ国民投票制度のモデル

 (1) 現地取材をして

 私は2004年2月8日にスイスで行われた国民投票を現地取材しました。この国民投票では、@高速自動車道の建設案、A国営不動産関係の賃借り法修正案、B性的・暴力的凶悪犯に終身刑を科す刑法の厳罰化─という3つの非憲法事項について国民に賛否を問いました。
 個人的に注目したのは、国民発議(イニシアティブ)による、B刑法の厳罰化でした。スイスでも性犯罪者の再犯が問題となっており、ひどい場合は殺人事件にもなります。性犯罪者の多くは、10年程度刑務所に入っても、人権問題があることから、一定程度の年月を経過すると鑑定医のお墨付きで更正したとされて出所し、中には再び同じような罪を犯す人が出てきます。
 この問題について10万人以上の署名を集め国民発議(イニシアティブ)を実現させたグループのリーダーの女性は、妹の娘がレイプされた上に殺されかけたという経験があります。犯人は犯行の数日後に逮捕され、現在は刑務所に入っていますが、このまま行けば数年後に出所してくるはずで、彼女らはそのことに大きな不安を感じていたわけです。彼女たちのグループが求めた刑法の改正案は、性犯罪者に終身刑を科すことができるようにするほか、鑑定医を1人から2人に増員し、両者が更正したと判断しなければ出所できないようにするという内容を含むものでした。
 この国民投票を実施するに当たり、大統領や関係大臣らは国民に対し「@賛成A賛成B反対」と投票するようキャンペーンを張りましたが、結果的に国民の多くは、求めに反して「反対・反対・賛成」と投票しました。投開票後の大統領らの記者会見で、記者の1人が「国民の意思をきちんと認識していないのは問題ではないのか」と発言したところ、大統領は涼しい顔で「問題?確かに私たちの提案と国民の意思は違っていたが、私たちは国民の示した意思の通りにするのであり、何の問題もない」とし、「今日はスイスの直接民主制が今なお機能していることを世界に示した日である。それだけのことだ」と言って、やり返していました。

 (2) スイスの国民投票制度の特徴

 スイスの国民投票制度では、原則として投票の対象となる問題のネガティブリストがなく、他国では除外されることもある防衛や税の問題も含め、あらゆる案件を投票にかけることができます。
 例えば、スイスは国民皆兵制度であり、国民の訓練(兵役)期間まで憲法に明記されていますが、過去に2回、「軍隊のないスイスをめざすグループ」が軍隊全廃のイニシアティブを出しています。1回目の国民投票では4対6、2回目は2対8でいずれも全廃派が負けており、スイスの軍隊は今日も維持されています。
 スイスの国民投票は3種類あり、先述した国民発議(イニシアティブ)のほか、国民表決(レファレンダム)、国民拒否(リコール)があります。
 国民発議は、憲法や法律の制定改廃などについて、連署による10万人以上の請求を条件に国民に発議権を認め、その発議の採否を決すべく行われる国民投票です。スイスの全人口約500万人のうちの10万人ですから、日本で言えば、条例の制定改廃の直接請求における要件(有権者総数の2%)と同程度の署名が集まれば、国民発議が可能です。
 国民表決は、議会で採択された憲法や法律の制定改廃案、国際条約などについて、効力を持たせるか否かを決すべく行われる国民投票です。
 国民拒否は、法律などが効力を発した後、100日以内に連署による5万人以上の国民請求が行われるか、8州の請求があったときに、その効力の停止の是非を問うべく行われる国民投票です。もしこの制度が日本にあれば、仮に衆議院再可決でごり押しで法案が通ったとしても、その後あるいはその前に国民の側から待ったをかけることが可能です。
 スイスの場合、先に4半期ごとの投票日が決まっており、これに合わせてテーマが決められる順序です。すでに2021年までの実施スケジュールが公表されています。投票に先立ち、テーマに関する詳細な解説書が各個人、各家庭に配布されますが、これらはインターネットでも取得可能です。
 民主党が『政権政策の基本方針』などで掲げている「一般的国民投票制度の整備」を目指すとするならば、本来的にはスイスのような制度を参考にするべきだと思います。現状を見渡しても、憲法改正だけでなく、国民投票で賛否を問うべき問題は数多くあるように思います。例えば、今般の給油新法制定の是非や自衛隊のISAF参加問題などは、トップ同士の密談ではなく、国民に賛否を問うてから決めるべきだと思います。
 また、国連総会で死刑執行の一時停止を求める決議がなされるなど、国際的には死刑制度は廃止の方向に向かっているなかにあっては、日本でもその存廃を国民投票にかけて決めることは一つの方法だと思います。

国民投票は衆愚政治をもたらすか

 「国民投票・住民投票は衆愚政治をもたらす」という批判は根強く、今でこそ国内の住民投票は前述したように11年で370という件数にもなっていますが、巻町や御嵩町で住民投票が行われた90年代半ば頃は、住民に原発や産廃処理施設について理解できるわけがないという批判が方々で聞かれたものです。
  例えば、徳島市で吉野川可動堰の建設をめぐって住民投票(2000年1月23日投開票)が行われたとき、当時の中山正暉建設相は投票前に「科学的、技術的、土木工学的な知識を要するものは住民投票のテーマには向かない」と発言しており、これなどは住民は愚かしく賢くなれないという衆愚観の典型でしょう。
  ところが、世界各国で行われている国民投票や、住民投票の大半は、理解に科学的、技術的、土木工学的な知識を要する案件に関して賛否の判断を求めています。住民を甘く見てはいけません。住民投票の実施が決められてから投開票が行われるまでの間、徳島市の人たちは治水・利水について、巻町の人たちは原発や放射能について、御嵩町の人たちは産廃処理やダイオキシンについて、それぞれよく勉強していました。
  いきなり明日投票せよとなれば、それは衆愚をもたらすでしょう。しかし、実際に自分の投票で決着が付くということになれば、3カ月なら3カ月という時間の中で、住民は熱心に勉強するものであり、そのことは住民投票の現場ですでに証明されています。少なくともこれまで国内で行われた住民投票を見る限り、そんなに愚かしい結果が出ているとは私は思いません。

第2回>>

筆者プロフィール
今井 一(いまい はじめ)
1954年、大阪市生まれ。ジャーナリスト。
89年以降、東欧やソ連、ロシアの「民主化」に伴い実施された「連邦存続」「国家独立」や「新憲法制定」に関する国民投票を現場で見届けたことを契機に、巻町や名護市、徳島市など日本各地の住民投票や、スイス、フランスなどで実施された国民投票の現地取材を重ねる。
著書に『住民投票』(岩波新書)、『「憲法九条」国民投票』(集英社新書)、『「9条」変えるか変えないか─―憲法改正・国民投票のルールブック』(現代人文社/編著)など。
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 情報室の
 開設にあたって
 
 市民グループ「住民投票立法フォーラム」、「真っ当な国民投票のルールを作る会」は、この数年間、住民投票及び国民投票に関する貴重な情報の収集、発信を担うと同時に、直接民主制の意義やあるべき姿について、積極的に主張してきました。しかしながら、財政的な困窮やスタッフ不足などの事情から、「立法フォーラム」は06年8月に解散し、「真っ当な・・」も年内に解散することになりました。
  住民投票の制度不備が未だ...
 トピックス  
■情報室の開設にあたって
■代表就任に際して
  (武田真一郎 2010/08/06)

■国民投票にどう向き合うべきか
■今、私たちがなすべきこと
■住民投票の10年
■運営委員から一言

 
 
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